リスクのない独立方法と、本当の意味で自立する生き方はカカシから学ぶ。




昨日嫁がこんな記事を書いていたようです。

カナダから東京に来て仕事も友達もいなかった彼女に「養うつもりはないから自立して生きれるようになって」と僕は冷たく言いました。

なんかキレてたような気がしますが華麗にスルーしました。

その理由は”自分に100%頼っていたら、自分が突然死んだ時に困るから…”というもの。

キャンベルもなんかいろいろ頑張って半年くらいいろいろ試行錯誤して、今やっと自立してるっぽい感じになってくれました。

パチパチ。

それで、ちょっと追記したくなったのでまた書いてみます。

誰もが知ってる言葉【独立】【自立】について

まあ僕の考えなので大半の人からしたらどーでもいいと思うんですが、最初に言っとくと独立、自立=1人で生きるでは決してないです。

なぜなら人は1人では生きていけないからです。

全然無理です。

どんな人でも味方はいるし家族はいます。

仕事をしなければいけない以上誰かと関わります。

だから1人で生きるなんて全然無理なわけです。

それができたらゴッドでしょう。

1人で生きていくという事と、独立自立は意味が違うのです。

意味を調べてみました。

【自立】 の意味

1 他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。「精神的に自立する」

2 支えるものがなく、そのものだけで立っていること。「自立式のパネル」

【独立】 の意味

1 他のものから離れて別になっていること。「母屋から独立した離れ」

2 他からの束縛や支配を受けないで、自分の意志で行動すること。「独立の精神」「独立した一個の人間」

3 自分の力で生計を営むこと。また、自分で事業を営むこと。「親から独立して一家を構える」「独立して自分の店をもつ」

4 (法律の拘束を受けるが)他からの干渉・拘束を受けずに、単独にその権限を行使できること。「司法の独立」「政府から独立した機関」

5 一国または一団体が完全にその主権を行使できる状態になること。「独立を宣言する」「独立したての若い国」「独立国家」

らしいです。

いろいろな意味があるようですが、今回注目したい部分…それが自分の力で生計を営むこと。また、自分で事業を営むこと。という一文です。

ひとつ声を大にして言いたいのが、なぜか美容師業界では”お店を建てたら独立だ!”みたいな風潮がありますが、全然そんなことないですよ。

業務委託でやってる美容師だってフリーで独立してる人なわけです。

美容師はお店建てて独立しないとだめ!みたいな考えの人が未だに多いからこんだけ美容室増えたんでしょうね。

さらに、会社に所属している人がだめかというとそんな事はないですし、所属していたとしても人として自立はしているわけです。

自立して生活して子育てして…ってやってますよね。

なのでフリーランスだとかオーナーだとか雇われだとか関係なく社会人は基本的に自立した存在と言うことになります。

一本足のリスク

独立、自立…

それは文字通り自分の足で立つことです。

親に支えられず、友達に支えられず、自分の足で立つことです。

でも基本的に自立している人に総じて言えることは一本足で体を支えている状態ということです。

もしくは何かにもたれかかっている状態。

どんな仕事かは関係ないです。

例えば美容師ならお客様、職人なら自分の手、サラリーマンなら会社、マンションオーナーならマンションという何かにもたれかかる。

どんな仕事でも、何かに依存しないと成り立たないものです。

職人でもサービス業でもある美容師は自分の手を無くしたり、お客様がいなくなったり、店に車で突っ込まれでもしたら終わりです。

会社員も会社が潰れたら終わり。

マンションオーナーだって火事になったら終わりです。

仕事ができなくなる=自立できなくなるわけです。

田舎のはたけとかにいるカカシをイメージしてみてください。

はたけカカシ

これはナルトのはたけカカシだけど…

本物のカカシの話です。

例えば、木でできたカカシの足に悪ガキが回し蹴りをかまし、足が折れたとします。

一本の木で体を支えられてるカカシは当然倒れますよね。

そういうのってすごいリスクだと僕は思うんですよ。

カカシが嫁カカシをおんぶして、子供カカシをおんぶしている状態で回し蹴りを食らったらいろいろもうアウトですよね。

ですが人間は足一本折れたくらいじゃ倒れません。

もう一本の足で立ち、松葉杖をつくことでなんとか歩くわけです。

足をなくしても義足があるから歩けるし、おじいちゃんになっても杖をついて歩き続ける事ができる。

まずは何にもたれかかっているか知る

人は1人では生きていけない…。

金八先生じゃないですが、人という字は支え合っているわけです。

その言葉の本質というのはまさに自立というところにあるように思います。

結局どんな仕事をしてても誰か(何か)にもたれかかる。

誰かに支えてもらう。

僕で言えばセミナーやるのだってフェイスブックがないとできませんし、ブログだってグーグルがないとできません。

居酒屋だってそのお店やお客様にもたれかかってます。

もたれかかることがダメだという話しではなくて、“何にもたれかかっているかをちゃんと知るべき”ってことがすごく大切なことだと言いたいわけです。

なぜならそれがわかってないと自分がやってる仕事の本質が見えてこないし、伸びるわけもない。

さらに、いきなりそのもたれかかっているモノが消滅した時に窮地に立たされるわけです。

日本は災害もありますし。

リスキーですよね。

人間誰にも何にも頼らないのは無理です。

それこそゴッドです。

なので僕は思います…

何ヶ所も支えを作ればいいじゃん

自立するって事は一人で立つってことです。

人は誰もが自立しなければなりません。

その自立の意味って親から離れて親になるということかもしれないし、誰かを養うことなのかもしれませんし、社会的地位をあげようとすることなのかもしれません。

理由とか意味はそれぞれあると思うんですけど、何もカカシみたいに一本足である必要なくね?と思うわけです。

人間みたいに2本の足で体を支えればいい。

それが辛くなったら杖をついて3本で支えればいい。

赤ちゃんは力がないから手も含めた4本で支えています。

それで良くないか?と思うんですよね。

なぜ人は1つのものに固執するのか?

子供のときから疑問です。

社会人になってその気持ちはより強くなりました。

1つであるメリットとデメリット。

2つになるメリットとデメリット。

それぞれあるのはわかってます。

プロならその道一本でいけって言う人がいるのもわかってます。

足が折れて一時的に倒れても、また直して立ち上がればいいって言う人がいるのもわかってます。

だけど僕は一本足のカカシはリスクがあると思うし、それでもし自分が倒れたときに嫁や子供に苦労をかけてしまうと思うからこんな生き方をしています。

それを人に強要はしないけど、嫁にはします。

「自分で仕事を作る努力をして。自立して。」と言います。

自分が死んだときのため…でもありますけど、まだ見ぬ我が子のためでもあります。

足が何本もあればどんな時代になろうと対応できます。

つまり生きていけます。

そうして好きなことやって自立して生きていけるような人になってほしいから、まず親がそうならないとね…って言う感じです。

言うのは簡単だけど、やるのは大変。

だけど体現しなきゃ誰も認めてくれません。

新しいことなんか尚更。

新しいことを始めたときなんていうのは赤ちゃんハイハイ状態です。

右にも左にもいくし、ぶつかって泣いたり、怒られたりもします。

でも歳をとるにつれてどんどん経験してどんどん成長して、いつか大人になったら誰かが「立派になったな」と認めてくれるわけですね。

最近美容師以外の仕事もだんだん認めてもらえるようになってきました。

しっかりした足が作れてきた気がします。

今は美容室の独立ってリスキーですよね。

ですが、足を作ることができればリスクも少なくなるのかもしれません。

何も美容室以外の仕事をする必要もなく、その設備を使った”何か”でもいいのかもしれません。

リスクのない独立、自立をする…

そんな美容師としての生き方も良いんじゃないでしょうか。