美容師としての成功って何?なぜ人は勝ち組を目指し、負け組に入ると泣くのか。




なんか「成功してていいねー」と言われることがあるんですけど、どうなんでしょう。

僕は成功してるっぽいですか?

いわゆる成功してるようなポイントって独立してることとか本出してる事とかなんでしょうか。

でも自分のことなのでわかるのですが、僕はこの人生の中で失敗と言われるようなことを死ぬほどやらかしてきました。

それらをぜーーーーーんぶひっくるめるとプラスマイナスゼロどころかだいぶマイナスとさえ思ってしまいます。

殆どの人は僕のある一点しか見てくれません。

全体像をもし見ることができたら、どれだけの人が「成功してるね、いいね」って言ってくれるのでしょうか。

な〜んてたまに思います。




みんななぜ成功したがるの?

なぜか人はあらゆる物事に対して《セイコウ》《シッパイ》のどちらかの判断をしたがります。

なんでかはわかりませんが、きっとそういう生き物なのです。

その最たるものがランキングなのではないかなと思っています。

例えば学校の成績。

よく漫画なんかで成績順が廊下に張り出されてますね。(僕の学校はなかったけど)

そういえば就職したらバックルームに売上ランキングが張り出されてました。

そういうのもしかり、なんでもかんでもランキングです。

ランキングをつけられると1位は成功者で、2位もまあ成功者、3位もすごいよね…ということになり「勝ち組」という概念ができます。

そうなると4位以下は敗者です。

みんな仲良く負け組です。

売り上げランキングの下の方の人なんかは「低くねw」って後輩の笑いの対象になります。

笑われるだけマシかもしれません、低くもなく高くもなく”真ん中らへん”の人とかは見られもしないですから。

アウトオブ眼中というやつです。

“みんななぜ成功したがるの?”

その答えはきっと「4位以下の負け組に入りたくないから」「勝ち組になって認めてほしいから」なのではないかなと思います。

負け組な自分が許せないからそう思うのか?

違います。

周りがそれを許してくれないからです。

誰にでもそんな経験あると思います。

負けたら怒られる。

勝たなければ怒られる。

1位は王様、神様、イケメン、スター、天才、成功者、勝ち組と呼ばれ褒め称えられるます。

4位以下は無能だクソだバカだ下手だと罵られます。

もっとやれ、努力が足りない、やる気がないと、クズ扱いです。

何かで1位の人でも別ジャンルでそんな経験1回くらいあると思います。

ちなみにそういう観点でいくと僕はこの人生ずっと負け組です。

1位になったことはほぼありません。

学生時代は表彰されたこともありません。

そう僕は世間様からみたらただの無能なカスなのです。

韓国でチャミスル飲んで寝込んだりします。カスです。

成功=一時的に成功という状態でしかない

マネーの虎でかつてふんぞり返って投資してた大社長たちが、番組終了後に自己破産したり倒産したりしたのをご存知でしょうか。

その一人ひとりは成功者なの?失敗者なの?

たぶん誰も答えることはできません。

成功してるとか、勝ち組だとか、そんなもの僕は一時の幻なのではないかと思っています。

なぜなら【成功】と【失敗】は見る人の価値観にもよるものだからです。

例えば僕という人間を見たときにAさんからしたら成功者に見え、Bさんから見たら失敗者に見えるのです。

それを誰もがわかっているから、誰もが周りの目を気にします。

上司、先輩、先生、親、友達、同僚、後輩、嫁、子供などなど生きる中で関わる様々な人に認めてもらおうとします。

「成功したね」「すごいね」「かっこいいね」という評価をしてくれたときには喜びます。

「だめだね」「がんばって」「失敗だ」という評価をしてくれたときには悲しくなって泣いてしまいます。

同じ物事でも見る人の価値観により評価が変わるので、けなす人と励ます人が現れます。

失敗したと言われ辛い時でも、誰かが優しい言葉をかけてくれる…それで人は心のバランスをとるのかもしれません。

みんなそうしてバランスをとりながら、その中で努力して誰かが作った「勝ち組」に入ろうとし、誰かが決める「成功者」になろうとする。

それもまた幸せなのかもしれませんが、同時に悲しいことでもあるような気がします。

なぜなら誰かが決めた「負け組」の人は勝ち組と同じ努力をしてたとしても失敗者になってしまい、その努力が認められないからです。

人の目を気にする生き方を変えた

22歳の時、ある事がきっかけで思いっきり挫折をしました。

なんか鬱っぽくなってたんですが、挫折を機に生き方を変えました。

なのでもうランキング付けされて生きるのはやめてます。

誰かが決めたを成功や失敗の道を歩きたくないし、それで一喜一憂したくない…と思ったからです。

そして、評価を下す周りの人のために生きてるわけじゃないと気づいたからです。

そういう意識になると、切磋琢磨だとか、ライバルだとかっていう言葉を使わなくなります。

ランキングされて生きていると、ライバルは必要です。

切磋琢磨しないといけません。

つまり戦わないといけないわけです。

売り上げた金額なのか、テストの点なのか、それは様々ですが、とにかく隣の順位の奴と戦わないといけません。

そして1位を狙わないといけません。

逆に言うと1位からしたら狙われるので全部敵という状態になります。

それが僕は嫌なのです。

こういうこと言うと大多数の人から怒られます。

だってみんなランキングで勝負してます。

みんな1位をとるために必死で勉強して努力して、時には人に嫌われて、それでもがんばるのはすべては1位をとるためです。

だから大多数の人からしたら、こういう考えは「最低」であり、怒りの対象でも笑いの対象でもあるはずです。

「逃げてるの?」と聞かれたら、僕は「逃げてます」といいます。

ヘタレ?カス?勝負しないやつ?

そうです、その通りです。

僕はそういう環境下では鬱っぽく病むみたいなので、ランキングで戦いたい人だけ勝手に戦えばいいって思ってます。

逃げです。

だけど、そんなのでも一番最初に書いたように「成功者だよね」「勝ち組でいいね」とか言う人もいます。

もうわけがわかりません。

いや、逆にわかったことが1つあります。

「やっぱり人の評価なんてどうでもいい」

ということです。




風当たりが強くても継続してればいつか形になる

とは言っても、人はやっぱり何かと戦わなくちゃいけないのかもしれません。

誰かが決めたランキングから外れても、生きていくために仕事はする必要があります。

生きる目標、仕事の目標だって必要になります。

ナンバーワンを目指さないのであれば、目指すべきものはオンリーワンしかありません。

SMAPじゃないですけど、オンリーワンとは元々特別なものの応用で作られます。

元々というのはその人の「素質」「アイデンティティ」「個性」「特徴」などというものの事です。

それらがすでにオンリーワンなので、そこを伸ばせば自然とオリジナルのものができていくわけです。

僕のオンリーワンな部分は「旅人」でした。

野宿も野糞も難なくできてしまいます。

だからこうなりました。

たったそれだけの話です。

その”元々あったもの”を伸ばしただけなので簡単です。

ただ、誰かがすでにやってるものであれば必然的に2番、3番になってしまいますし、それらもはやオンリーとは言えません。

だから誰もやっていないことで自分が好きそうなまたはできそうな事をするわけなのですが、そういうのはめちゃくちゃ批判されます。

「そんなものはあり得ない」「みんなと違うことを」「なに意味わからないことやってんの?」

いろいろと言われてしまいます。

でも、それでも諦めずに継続すればだんだん周りが認めてくるんです。

当然周りのためにやってるわけじゃありません。

だけど、罵られればムカつくし、認めてもらえたら嬉しいです。

感情がないロボットじゃないからこそ、やっぱり多くの人に認めてもらいたいですよね。

美容師が世界一周して髪切ることも、ブログで美容師業界がどうのこうの言うことも、ビールが飲める美容室なんてものを作るのも、シェアサロンと美容師のグループサロカリなんていうのを作るのも、批判もありました。

でもずっと続けてたら、取材がきたりするようになりました。

取材がきたら一般的に成功と言われるのかはわかりませんが、確かなことは「誰かが認めてくれて、形になった」ということです。

先日もサロカリで育ててるニートが取材されてました。

サロカリなんて最初は誰にも見向きもされなかったグループだったのにです。

そりゃ、嬉しいです。

そのグループのメンバーも今は「幸せだ」「仲間が出来てよかった」と泣いてくれます。

美容師仲間が素敵すぎて泣いた夜↓↓

関西のサロカリで起こった一夜の奇跡

※サロカリはずっとメンバーの募集締め切ってましたがまた募集はじめました。詳しくはこちらの4/22の投稿を。

サロカリ、作ってよかったし認めてもらえるまで続けてきてよかったと今は心から思います。

もう仲間がいます。

その仲間一人ひとりには、甲乙とかありません。

成功も失敗も、勝ちも負けもありません。

ついに確立されたこの独自の世界ではランキングなんてものがそもそも存在しないのです。

美容師の成功とは

関西のサロカリメンバー+東京と札幌からのゲスト

成功にこだわらないと楽になる

マネーの虎じゃないですが、どんなに成功してても、突然負け組に入るという事はおおいにあります。

そのリスクは誰にでも平等にあるということをたぶん誰もが心の奥底で知っています。

誰かが決めた「成功像」「勝ち組」にこだわりつづけると、そういうリスクも同時にあり続けてしまいます。

批判がいつしか賞賛にかわるように、成功しても人は手のひらを簡単に返します。

王者に君臨してても、もっと能力が高い人が現れたら簡単に引きずり降ろされます。

そしたら「負け組」です。

成功とは一体なんなのでしょう。

なぜ人はそんなに成功したがるのでしょう。

なぜそんなに勝ち負けにこだわるのでしょう。

この世は弱肉強食?

いや違います。

弱くても、凡人でも、誰かが決めた世界で無理に戦わなければ勝つこともないけど負けることもなくなります。

成功しなくても、勝ち組にならなくても、幸せなんかそこら中で見つけることができます。

だから…凡人でもいいじゃん。

僕はいつか死ぬとき、その瞬間に「あ〜この人生は(総合的に)成功だった」と思えたらそれでいいのではないかと思っています。

批判されようが、バカにされようが、自分を信じて生きていけて、そしてそんな自分を信じてくれる仲間が少しいればそれでいい。

僕にとっての”成功”は…

結果がどうであれ、過去と未来がどうであれ、そう思って今を生きれてることなんじゃないかと思います。

つまり今はこういう思考で生きているだけでとりあえず成功してると思っているということです。

まるで頭の中がお花畑ですね。

バカにしてください。

では、最後に質問して終わろうとおもいます。

「あなたにとっての”成功”とは一体なんですか?」