夜の路上で生きた僕達。日本社会のはみだし者こそロックスターになれるんだ。




音楽を聞いて涙が出たのは久しぶりだった。

先日、赤坂ブリッツへとライブを聞きに行ってきた。

僕の目的は【安藤エイム】というアーティストだった。

彼は愛媛、東京で活動中の話題のシンガーソングライターだ。

過去にはグループとしてメジャーデビューした経験を持ち、現在はTVCMやラジオや結婚式でのゲスト、主催ライブとマルチに活動をしていて、今年フルアルバムを発表する予定らしい。

とにかく今すごく勢いがあるアーティスト。

安藤エイム

ファン&メンバーのみなさんと

まだ若い彼の歌を聞いてボクはちょっとだけ泣いた。

恥ずかしいから彼には「泣きそうになったよ」とだけ感想を言っておいた。

その理由を説明するためには6年前の彼と僕との出会いにまで遡らないといけない。

夜の路上での出会いに人生を変えられた

その頃僕は2年くらい働いた美容室を辞めたばかりで、何かが弾けて日本一周の旅なんてものをしてた。

それはある旅人の影響だった。

当時働いてた美容室はガチガチに縛られるようなところだったけど、それでも僕は好きな仕事ができてて楽しかった。

ところが転勤を突然言い渡され、何かが崩れ、普通に病んだ。

そんな気持ちを払拭したくて、連休を使って一人で行った仙台の路上でギターを弾くある青年に出会った。

チャリンコでギターを弾きながら日本一周をしてるタカシさん。

見るからに日本社会のはみだし者って感じだったけど、すごいすごいカッコよくて引き込まれるように何時間もその人の音楽を聞いた。

仲良くなったその人に、僕は相談したんだ。

「美容師は続けたいけど、今の美容室で働くのが辛くて仕方ないです」

そしたら一言「やめちゃえば?」と。

それを真に受けて、僕は辞めた。

そして辞めた翌日の始発に乗って旅に出た。

西へ西へ。

タカシさんのように僕も何かして旅をしたくて、それで誰かに会いたくて、出会った人と握手をするというわけわからない事を始めた。

【握手してください】という看板をもって立つだけ。

一応人数はカウントしてた。

やってる当の本人でも意味がわからないのだから、周りから見たらやっぱり意味がわからなかったと思う。

それでもいろんな人に出会える事が楽しくて、僕は日本中の路上に立ち続けた。

真冬の日本は寒かった。

金もなく、家もない。

あるのはバックパックと寝袋くらいのもんだった。

名古屋駅前でも、心斎橋筋でも寝た。

超寒かった。

仕事終わりのキャバ嬢にゴミをみるような目で見られ、いろんな大人には「何だこいつ」みたいな目で見られた。

それでも僕は毎日が死ぬほど楽しくて、路上で出会う様々な人が好きになって、本当に本当に辞めて旅してよかったと心の底から思っていた。

朝起きるのが楽しみで仕方ない、楽しいから寝たくない。

行き先を考えるだけでわくわくするし、初めて降り立った街にはいちいち感動した。

当然体は疲れたが、つい数日前まで病んでいたとは思えないくらい充実していた。

夜の路上には様々な人が生きていた

そんな22歳の僕をよく思わなかった人はきっとたくさんいたのだと思う。

辞めた美容室の先輩は「アホだ」と思っただろう。

道行く大人は「社会のはみ出し者のカスが」と思っただろう。

それでもいいやと思えた理由の一つに“たくさんの仲間”がいる事に気がついたからだった。

昼と夜で街は表情を変える。

賑わっていた商店街も、シャッターが閉まり、人通りがなくなる。

たくさんの人を吸い込んで吐き出していた駅も静まり返り、ただの建物と化す。

そんな所にどこからともなく僕みたいな人間がやってくるんだ。

ある人は「あなたの絵を描きます」という看板をだしている。

ある人は「あなたの目を見てメッセージを書きます」という。

ある人は「アクセサリー作って旅してます」と作品を広げてる。

夜の路上にはたくさんの”社会のはみ出し者仲間”がいた。

そんな人の横でウイスキーを飲みながら「握手してください」なんて看板を出していた僕も紛れもなくその一員だった。

旅をしていると、そんなはみ出し者同士仲良くなる。

ご飯一緒に行ったり、缶ビール飲んだり。

ヒッチハイクポイントを教えてくれたり、安くてうまい店を教えてくれたり。

そんな出会いもまたサイコーだった。

「お疲れ様です」

信じられないかもしれないけど、夜の路上に”出勤”する者同士そんな声を掛け合うんだ。

愛媛県の松山市に行ったときのこと。

初めて行ったその街で、夜の路上をいつものように行くアテもなくふらついていると一人の少年に出会った。

やっぴ〜と名乗る彼はまだ19歳かそこらだったと思う。

シャッターが閉まった人通りが少ない商店街に彼のギターが鳴り響く。

あんまり詳しいことは聞いてないけど、彼はよくそこで路上弾き語りをしてる少年のようだった。

僕はその少し先でいつものように「握手してください」なんてことをやっていた。

彼が学校に行ってるとか、仕事してるとか、そんな事はどうでも良かった。

僕からしたら同じ路上の仲間という認識で、見る人からみたら彼もまた”はみ出し者”だったのかもしれない。

しばらく滞在した松山で何度か彼に会った。

当時やっていたmixiで友達になって、その後僕は松山を離れ高知へと向かった。




東京の路上で再会

それからしばらく経ち、東京に戻ってまた美容師をしてた頃、今度は彼が弾き語りの旅に出たらしいというのを知った。

吉祥寺にやってきて路上で弾いてると聞き、吉祥寺へ向かった。

こういっちゃ悪いかもしれないけど、彼は紛れもなく”はみ出し者”だった。

仕事もせずギター片手に風に吹かれるまま旅をする。

偶然出会った人に泊めてもらい、ご飯を食べさせてもらう。

そしてまた次の街へ音を奏でに…

彼の旅のすべてを僕は知らないけど、だいたい想像はつく。

きっといろんな人に恩を受けて、いろんな感動をして、いろんなことを思っただろう。

そして辛かったし、楽しかっただろうと思う。

僕も同じだった。

だからなんかわかる。

僕もたくさんの恩を受けて旅をした。

そのときに受けた誰かからの恩を返したくて、僕は彼におにぎりとお茶をあげた。

死ぬほどショボい恩返しに彼は感謝してくれた。

それからさらに数年が経った。

路上で生きた男が赤坂ブリッツのステージに立ったんだ。

感動しないわけがない。

6年という月日は長いようで短い。

その中で様々な苦労を乗り越え、そこに立った。

その苦労の全部どころかほとんど僕は知らない。

知らないけど僕はその”結果”は目にすることができた。




夢を叶えるのはそんなはみ出し者

最近思うことが「夢を叶えるのは皆、はみ出し者」ということだ。

働かなきゃいけないとか、結婚してなきゃいけないとか、大学に行かなきゃいけないとか、まわりはいろんな事を言う。

社会の常識とは一体何かを押し付けてくる。

その中で、もしはみ出してしまったらソイツはもれなく「クズだ」「カスだ」と呼ばれてしまう。

だから社会のルールを破らずに生きることは自分を守るために大切なのかもしれない。

大学卒業して、就職して、趣味も好きなこともやめて仕事に生きることは素晴らしいことなのかもしれない。

でも僕はそれができなかった。

路上で生きた僕達はそうしたくなかった。

家もない、金もない。

仕事もない、学歴もない。

しまいにはニッカウイスキーを飲んで寝袋に入る。

無いものだらけだった。

でも夢はあった。

凍えても、腹減ってても、夢や目標があるから楽しかった。

毎日仕事に行かない代わりに、毎日誰かと出会った。

毎日泣く代わりに、毎日誰かに笑わされた。

毎日高いランチを食う代わりに、公園でカップラーメンをすすった。

それが美味しかった。

無いものだらけでも、小さいしょうもない事に幸せを感じることができ、そうやって希望を持って生きて行けば、夢なんか勝手に叶うのかもしれない。

カスでもクズでも、もしその夢がカタチになったときに、大人は手のひらを返したように褒め称える。

批判しまくってたのに結果を出すと「すごいね」なんて平気で言ってくる。

かつてゴミを見るような目でこっちを見てきた大人がそんな僕達に仕事を依頼してくる。

社会の常識を一生懸命子供に押し付ける大人はみんなアホなんじゃないかと思う。

だってその”はみ出し者”を平気でカス呼ばわりして夢を叶えたら称えるのだから。

社会なんて実はめちゃくちゃだ。

そう思って生きていたら、なんにも怖くない。

「はみ出したっていい」

「夢に生きていい」

そんな勇気を彼の歌からもらった。

6年前の事を僕はよく覚えてる。

あの寒い路上でギターを弾いてた彼をよく覚えてる。

その翌年吉祥寺でギターを弾いてた彼をよく覚えてる。

だから本当にその凄さがわかる。

すごいな。

すごいよ本当。

カッコイイ。

僕も自分の夢を諦めなくて良かった。

きっと人ってなんでもやれるんだな。

ライブに行ってよかった。

最後に演奏してた新曲は泣けた。

夢を諦めない人だから唄える曲。

“ヒカリへ”

闇があっても 光があっても

君だけの本当の言葉をくれよ

たとえ誰が笑ってたって 構いやしないのさ

おれはその言葉を信じたいんだよ

諦めないけど 前例もないけど

誰もがどんな夢をみたって オーライ

たとえ荊の道だって構いやしないのさ

大丈夫僕ら1人じゃない

安藤エイム赤坂ブリッツ

安藤エイム

ありがとう。

ロックスター。

これからも応援してます。

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