なぜ人は「とりあえずやってみる」ができないのか?行動する人としない人では未来がこうも変わる。




昨日は大阪でセミナーでした。

まさかのセミナー開始時間に台風直撃という奇跡が起こり「これは誰も来ないのでは…」とドキドキしてたのですが、なんとそんな嵐の中でもわざわざ足を運んでくださった方々がたくさんいまして、無事に終えることができました。

僕だったら「うわ…台風だし…ダルっ」ってなるかもしれません。

そう思うと来てくれた方には本当に頭が上がりません。

ありがとうございました。

もちろん来ない人もいました。

今日の記事ではその人に「くればよかったのにー」なんて書きたいわけではありません。

実はその後飲み会がありました。

オンライン美容師コミュニティのサロカリのメンバー限定飲み会。

毎回異様な盛り上がりを見せるのですが、昨日も凄まじかったです。

凄まじすぎて僕夜行バス逃しましたから(笑)

帰らなきゃ…とは途中まで思ってたんですが、なんと仕事終わりに東京から新幹線に乗ってやってきたメンバーがいて、その人がすごすぎて僕も帰るのやめました。

元々本日は予約が入っていましたが、台風のことも心配だったので午後3時以降から予約受け付けていたので、まあ朝イチ新幹線で帰れば平気っしょみたいな軽いノリで…

今朝新幹線代を払うときにさすがに少し後悔しましたが、メンバーの方々と楽しめたし良かったかなって。

まあ普通は帰りますよね。

頭悪いんです、僕は。

「なんとかなるっしょ」みたいなのは常に思ってて、駄目なら駄目なとき考えよう…みたいな。

それでよくキャンベルと喧嘩になります。

キャンベルは心配性で先のことをあーだこーだいろいろというのです。

例えば「早く着替えないと!遅れる!なんたらかんたら」と、ダラダラと準備してるとよく怒られます。

そこで僕が言うのは「遅れたらその時怒って。うるさい。」と。

火に油を注ぐと言うやつです。

まあ結果遅れないんですけどね。

話が盛大にずれましたが…

僕は基本的に「心配しない」というスタンスです。

百聞は一見にしかずという言葉があるように、何事も「まずはやってみる」という事をしないとわからないと思うので、心配とかはあまりしません。

ただ、ギャンブルは嫌いなので、危ないと思ったことは慎重になります。

ですが自分が興味があって、少しでもやってみたいなと思うのであれば、まずは試してみます。

ちょっとやって合わなかったら辞めればいいし、やってもないのに判断するのは非常にバカバカしいと思っています。




とりあえずやってみる事の大切さ

昨日ある相談をされました。

「サロカリに入ってみたいんですけど、活動はどんな感じなんですか?」

みたいなことを言われ、普通に「入ればわかると思います」と答えました。

まさに百聞は一見にしかずというやつで、「とりあえずやってみないとわからないと思います」としか僕は基本的には言いません。

こういう相談がラインやメールできた時はそれで終わるのですが、昨日は目の前にいたので直接こうも言いました。

「とりあえずやってみるって人しかメンバーにいないから、様子見の人だときっと肌に合わないから入らないほうがいい」と。

実際にメンバーには行動派の人しかおらず、たぶん入っても面白くなさそうだし、僕がこういう性格なので、まず僕と合わないと思いますよ…と平気で言ったりすることもあります。

昨日そう伝えた方がそれで入るのをやめたらそれはそれだし、それでも入ってくれたらそれはそれで、別に僕が決める要素など最初から一つもないんです。

基本的に直感というものを僕は大切にして生きていて、その直感を大切にできないタイプの人とはあんまり話があいません。

だからって嫌いとかになるわけではありませんが、人間的なタイプが違うので仲良くなることはこれまでもほとんど無かったように思います。

直感でとりあえずやってみる…の何がそこまで大切かというと、それは+1になる行動だからです。

何もしないというのは+でも-でもなく、ゼロの行動です。

何も損も得もしません。

例えば波、風は自然に発生するものですが、人工的に発生させることもできます。

どのように発生させるかというと”動く”ただそれだけです。

大なり小なり行動を起こせば大なり小なり風は発生します。

必ずです。

それはどんなものでも同じことが言えます。

その+1の行動の結果、+2になるかもしれないし、-1になってしまうかもしれません。

人はその-1を恐れます。

何かしらの損をすることを嫌がります。

でもその恐怖心や不安感の裏側にはもっともっとでかい喜びとか嬉しさとか達成感とかあるかもしれないんです。

僕は何事に対しても、とりあえず+1の行動を起こしてみます。

それが-になりそうならすぐ手を引きます。

つまり辞めちゃいます。

-1が-10とか-100になる前に。

そうすればダメージは最小限に押さえることができます。

それでよくね?といつも自分の中では思っていて、たくさんの+1を作っていけば、結果的にはどんどん+の要素は増えていくんです。

結局のところ、何もしないという人が1番損です。

損すぎます。

だってたとえ−1という結果になっても、そこには教訓とか経験とかってものが残ります。

でも行動を起こせない人は本当にゼロ。

ゼロはゼロにしかなりません。

もったいないなと僕は思います。

ただ、そういう人も世の中には多いのかもしれません。

そういう人に「行動起こしましょうよ」なんて言うつもりもサラサラないのですが、ただひたすらもったいないなとは思っています。

未来は+1の行動からのみ作られる

最近書いたこの記事がバズり気味です。

日本が貧しくて萎える。先進国から「安い国」と言われるこの国の未来は…。ミスド大行列に思うこと。

※まだの人は読んでみてください

この記事では日本の労働者の扱いや、サービスや価値に対して評価が低いことや、統計から見える日本の未来などについて書きました。

そういう未来が来ると考えたときに、ゼロの人…つまり何も行動を起こさない人(起こせないではなく起こさない)はまあまあ大変なことになるような気がします。

ゼロからは何も生まれてこないからです。

何かを始めるときに、わからないのなんて当たり前。

不安になるのなんてあって当たり前。

みんな同じです。

その葛藤やモヤモヤはみんな同じです。

危ないことに挑戦なんてしなくていい、でもせめて興味があることくらい試してみたほうがいいんじゃないでしょうか。

「やりたくない」という事はやる必要はありませんが「やりたい」「やってみたい」という事にさえちゃんと向き合えないとなると、本当にゼロのままですよね。

僕はやっぱりもったいないと思います。

「言ってみる」「やってみる」「見てみる」という事は本当に大切なことです。

何事でもそうです。

継続は力なり〜とかコロスケの言葉にもありますが、やってみないことには継続もクソもないのが現実です。

子供のときはみんな興味あるものには手を出してたはずなのに、いつからやれなくなっちゃったんですかね。

不思議です。

とあるメンバーからメッセージをもらいました。

彼も最初迷ってたみたいだけど、入って良かったと言ってくれました。

ちょうど僕と出会った頃にアシスタントの状態で仕事を辞め、サロカリに入りました。

今はサロカリメンバーのサロンでカットの特訓中です。

美容師仲間もたくさんできて、なんか幸せそうで良かったです。

未来は+1の行動を起こすか、ゼロのままでいるかでこうも変わります。

それに+1はその人次第で10にも100にもなりますよね。

“風は作れる”

そんなお話でした。