[ポルトガル]リスボンのビーチでスロバキア人美女とデート。





こんにちは。
じゃまたポルトガルのこと書いていきます。
ポルトガルのポルトに行って、何もせずにまた帰ってきたリスボン。
帰ってきた日にナターリアと140円ビールを飲みにバーに行ったんだけれども、次の日海に行かないかと誘われたんだ。
ビーチがあるんだと。
そういえば、ヨーロッパでビーチってあんまり見てない。
スペインのバルセロナくらいかもしれない。
と言うことで昼前電車に乗り、街から30分くらいのところに向かった。

旅がどうとかいう話になり、インドの写真を見せたところなぜかニヤニヤが止まらない様子。
彼女も一人旅とか好きらしくて、インドに行きたいみたい。

そんな事をしながらガタゴト電車に揺られ海へ。


ここは本当に冬のヨーロッパかいってくらい暑くて、なんかふっつーに外にいるのも辛くなって海の家的なとこに行ってご飯食べることに。


鬼巨大なツナサンドを二人でわける・・・でかい。

その後ビーチを散歩したりしてたんだけど、彼女はなぜか日本語に興味を持ち始め、僕の日本語講座が始まってHelloはコンニチワだよとか、thank youはありがとうだとか、pervertはヘンタイだよとかそんなことを教えていたんだ。

「あ、私の名前を日本語で書いてほしい」
そんな事を思いついたように言った彼女のために砂に書いてみた。


僕88年生まれなんですけど、そのくらいの歳の男の人はだいたいやったことがあると思う007ゴールデンアイ というゲームに出てくるナターリアを思い出してなんか書いてて笑ってしまった。
よくナターリアのケツを撃ってヒャッ!とか言うの見て笑ってたなぁって。
悪趣味な上に意味がわからなかったらごめんなさい(笑)
でもわかる人、きっといるはず。
しかし、海ってやっぱいいよね。
世界中いろんなところにあるんだけど、海の近くで育ってないだけにやっぱなんかいつでも新鮮な感じがする。
だれかと来るっていうのもなんか久々。



そのあとは海辺にある要塞みたいなところをチラッと見て帰りました。


僕はこの日の夜行でスペインに。
ナターリアともなんだかんだよく会ってたけどしばらく会えないだろうしってちょっと寂しくなった。
最後駅まで送ってくれて、また必ず会おうと約束をして別れた。
なんかいろいろありがとう。
楽しかった。
彼女は写真を撮られるのを結構嫌がってた。
なんで?って聞いても恥ずかしいからとしか答えなくて。
でも、僕も写真を撮られるのってあんまり好きじゃないからなんか気持ちがわかった。
なんかめっちゃ移り悪いんですよ。
10枚とったら8枚はクソです。
でも撮るのは好き。
むかしから風景とかの写真はよく撮ってたんだ。
僕はこの旅に出てからさらに写真をよく撮るようになった。
たまに、写真は撮らないんです って人いるけど、なんかもったいないなって思うんだよね。
元から興味ないならまだしも、そう決めつけてるのがもったいないというか。
写真を撮る事に夢中になって、ちゃんと景色や出来事を見れない。
とか
思い出は目に焼き付ける。
とかなんかそういうある種のやつ。
ずっとレンズ越しに景色見てるわけじゃないでしょうと言いたくなってしまうけど、それは人それぞれだからどっちでもいっか。
だけど、僕はやっぱ写真っていいなって思う。
美容師さんも写真よく撮るって人多いからわかるかもしれないけど、意外と写真ってその時や数日後よりももっと時間がたってから見たほうがいろいろ感じることが多いと思うんだ。
なんか不思議だけど。
目に焼き付けたところで結局忘れてしまう事のほうが多いと思うし、写真の場合やっぱり後で見返した時に一気にその時の記憶が蘇ってくると同時になんとも切ない様な気持ちになる時がある。
今こうしてブログを書いてて過去の写真を見返しみて、やっぱり多くのことを感じる気がする。
どんなに楽しかった思い出でも、次の瞬間には過去の出来事になっていて、それは1分1秒と時間が立つごとにどんどん過去のものになっていって、どんどん新しい物に上書きされていって、その出来事が起きた瞬間よりその時の感動とか気持ちに近づく事ってもう2度と無い。
写真を撮るという行為はその時の空間、表情、気持ちまでも切り取って1枚の別のものにしてしまうことなのかなと思ってる。
その瞬間が形として残り、それが記憶とは別の新しい形の思い出になる。
だからなんとなく撮った一枚だったりが後々ものすごく大切な宝物になる事もあるのかなって。
でも、すべての瞬間を切り取ることはできない。
だからこそ目に焼き付けるということもまた大切なんだなと思う。

ナターリアと行った海での写真を見てて改めてそんなことを思った。
それに、過去に実家に帰った時に婆ちゃんと50年も前の写真を見ながらいろんな話を聞かしてもらったことを思い出した。
あの時の婆ちゃんの楽しそうなどこか寂しそうな顔も。
文にするととっても呆気なく書き終わってしまうが、たった1枚の写真でその時のいろんな感情や出来事を伝えることもできる。
何より自分の中でそういったことが蘇ってくる。

・・・ナターリアが綺麗だった。

この日の写真たちをみて純粋にそんなことを感じたんだ。
今までもたくさんいろんな人と写真を撮ってきたけど、これからもたくさん撮っていきたい。
そして、何百にも何千にもなった写真たちを老後に楽しかった思い出と一緒にのんびり眺めたい。
ふとそんなことを思った。
うん、孫とかに見せてみたいね。

よし、じゃ今日はこれでおしまい。

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