[ヒッチハイク]南米チリで大洪水に巻き込まれてトレーラーをヒッチした話。





前編読んでない人はこちらを先にお願いします。

[チリ]アリカからサンティアゴまで30時間バスの途中で大洪水に巻き込まれて・・・
こんにちは。 お久しぶりです。 なんかあいつ死んだんじゃないか?みたいな噂がちょびっと出てたようですが、僕は大丈夫です。 心...


続きです。
なに話してんの?と聞いてもスペイン語で言われてよくわからないので翻訳アプリで英語に変換してみてもらったところ
「サンティアゴまでの区間でバスが通れないところは歩いてみようかと話し合っている」
みたいな英語が出てきた。
またバカにしてんなこいつらとか思ってたら一人のリーダー格のオッサンがこういった。
「バモ!」
は?行こう・・・?
「チーノ、アリカに行くのか?」
「行かないよ、ここに残ることにした」
「よし、じゃあ行こう!」
「えっ」

どうやらホントに歩くことになってしまったらしい。
僕も誘われて一瞬迷ったが、その他の選択肢よりも少しは前進できるだけに、望みがあるかもしれないとついていく事にしたんだ。
その決死隊はエクアドル人のリーダーのおっさん率いる総勢15名。
隊員はペルー人、チリ人、そして僕。
16歳の少年2人、子連れの女性、60くらいのおっさん、おばちゃんも含まれる。
本気で徒歩で山でも登ろうもんなら内4人くらいしか生き残れないであろうメンバーである。
ちなみに、もちろんその4人に僕は含まれていない。
大丈夫かこれ。
そんなことばっか考えていた。
大量の荷物を肩に、手に、僕らは出発した。
まずはタクシーで街の中心部に向かい、そこからローカルバスを2台乗り継ぎ街のハズレまで出た。
ここから歩くという。
チリは日中は死ぬほどアツい。
そんな中僕らは歩き始めた。

案の定おばちゃん達はすぐに息を上げ最初に休憩した場所から立ち上がれなくなってしまった。
なんでそんなに大量のスモモとかバナナとか持ってるんだ!
ってめっちゃツッコみたかったし、なによりもうこのままフルーツと一緒に干からびてみんなくたばるんじゃないかと不安だった。
リーダーのおっさんは諦めて行く人だけ引き連れてさっさと行ってしまった。
たぶんあとから来いよ!みたいなことを言っていたっぽい。
僕も干からびたくないのでそっちについていく。
言っても彼らもおっさん達なので少し歩いたら休憩、少し歩いたら休憩で全然進まない。
いまいちよくわからないので詳しく作戦を聞いてみたらここはサンティアゴに続く道だから、ここで巨大なトレーラーをヒッチハイクするんだと。
もうねバカかと。
15人でヒッチハイクなんて聞いたことないよまったくとか思ってたところ、置いてきたおばちゃんご一行が到着した。
車で。
7人程で少しでかい乗用車をヒッチハイクである。
無理矢理にも程があるってくらいの乗り方で。

すると今度はそこに警察が登場し、叱られ、呆気なく降ろされてしまった。
再び揃った15人の奇妙な決死隊。
そしてヒッチハイク開始5分後なんと巨大なトレーラーが僕らの前に止まった。
ま、マジで・・・?

マジだった。
なんと乗っけてくれた。
しかもすでにどっかで拾われた5人がいて、総勢20人でトラックの後ろにひっついてる真っ暗な倉庫みたいなところに乗りこんだんだ。
映画の密入国とかのシーンがそこにはあった。
僕もそのうちの1人であるわけで。

トレーラーは月面みたいなガタガタ道をすっ飛ばし、サンティアゴに向けてひたすら南下していく。
倉庫の中ではおばちゃん達が持ってきたフルーツが振る舞われる。 (なるほど、この為に)
よる10時前に大きめの空き地にトレーラーを止めそこでこの日の移動は終了した。
ドライバーさんはプーマのTシャツをきた人の良さそうなおっさん。
そのプーマさんがかしてくれたコンロでお湯を沸かしコーヒーとお茶を頂く。
そこは家がないどころかでかい石が荒れ地にゴロゴロ転がってるだけの月面みたいなばしょで、もちろん明かりも全然ない。
そんな中お茶を飲み、ふと空を見上げるとびっくりするほど満点の星空が広がる。
こんな綺麗な星空を見たのはなんだか久しぶりだった。

「チーノ!プレイミュージック!」
の声がどこからともなく上がり、なんとなくOasisのWonderwallとゴイステの銀河鉄道の夜を弾いて歌ったところみんなから小銭が投げられ500円ほどゲットしてしまった。
倉庫の中も電気などなく10センチ先も見えないほどの暗闇で、しかも土埃だらけの鉄の床にバッグを枕に寝るという決して快適とは言えない宿だけれども、まるで修学旅行の時みたいにテキトーにみんなでごろ寝し、おばちゃん達がキャッキャッキャッキャッ騒いでいて、それを見てるだけでも面白かった。
でも、深夜は冬のヨーロッパかってくらい寒すぎて全然寝れなかくて服を着こみたいところだったけど、半袖ハーパンしかもって無い少年に上着二枚とズボンを貸した為に自分が余計に着れるものはもうなかった。
ってかすでにTシャツ4枚くらい着込んでたけど全然無駄だった。
朝起きて、お茶をいっぱい飲み、バッキバキの体と一緒にまた南へと運んでもらう。
出発前に見た朝日がすっごい綺麗で、死ぬほど寒かったからお日様の有り難みが身にしみた。

暖かくなった倉庫内で僕は気づいたら寝ていて、昼過ぎに目を覚ました時には僕以外全員もれなく爆睡していることに気づいて「みんなも昨日寝れなかったんだなぁ」となんだか、笑えてきた。
昼休憩の時、なんか成り行きで決死隊最年少の子供をカットした。

彼は1歳、職業ベイビー。
ペットボトルやパンをぶん投げて攻撃してくる憎めないやつだ。
1歳でヒッチハイクってまことに信じがたいよね。笑

その夜、もう一泊トレーラーの中で過ごし、夜中の3時からドライバーがまた運転してくれて朝7時、ようやくサンティアゴに無事に到着した。
最後の数時間は気温が低い上にトレーラーの中は風がビュンビュン吹き荒れていたので寒くて本当に死ぬかと思った。
バスターミナルを出発して40時間、アリカを出発して90時間だった。
思えばバスが止まったあの日からずっと一緒にいたみんな。
全然先が見えなかったバスターミナルでの2日間。
冒険だった残りの2日間。
人種も言葉も宗教も何もかも違う僕を受け入れてくれたみんな。
言葉がわからないなりにもたくさん気にかけてくれて、話してくれてホントに嬉しかった。
困ったときは協力して、食べ物や飲み物は分けてもらったりして、お礼にぼくは歌を歌って髪を切って。
風呂も入れなかったし、まともに寝れなかったし、できないことのほうが多すぎて正直しんどかったけど、でもなんだかんだ楽しかった。
そんな決死隊でチーノはカメラマンでもあった。
今写真を見返すと、なぜかみんないつも笑ってた。




日本だったらどうだろう?って考えるとどうしてもあの震災の時のどんより暗いお葬式ムードみたいな感じがそうだったように、マイナスなイメージが先行するのかなって思うけども、チリの人達はすごく前向きな印象だなって漠然と思ったりもした。
それから、最終日に知ったんだけど、リーダー格のおっさんは神父だった。
バスが動かなくてひたすら待ってた時、冒険に出かける前、ご飯を食べる前、おっさんが一人でなんかペラペラ喋り、みんなは目を閉じてそれを聞き最後に「アーメン」って言っていたのでもしやと思って聞いてみたらやっぱりそうだった。
僕は特定の神様みたいなのは信じていないんだけれども、こういう時神に祈る事だったりある共通の何かをみんなが想うことによって安心感だったり団結力が生まれるのかななんて思ったりもした。
それに日本ではあまり馴染みがない神父という存在がもつ人々からの信頼だったりっていうものを感じた。
なんだか地球の裏側にある国でこれほどまでいろんな事を一気に経験するとは思わなかった。
旅の思い出は星の数ほどあるんだけど、あの月面みたいなところですごい星空を見て歌ったこと、みんなとの奇妙な思い出を僕は絶対忘れることはないと思う。
とりあえずバーっと書きましたが、ここ数日間こんな事がありました。
予定は狂いまくりました。体も痛いです。
だけど、楽じゃないけど、楽しい思い出でした。

心配してくれた人ありがとうございました。
そしてバスターミナルで出会ったみんな、決死隊のみんな、ホントにありがとうございました。
また普通のブログを書いていきますのでね読んでください。


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