[チリ]奇跡の大冒険。満点の星空の下みんなと飲んだワインは最高に美味しかった。




こんにちは。

旅日記の続きです。

前回の記事→15人でヒッチハイク〜嘘みたいなホントの話〜

昨夜はあまりの寒さにほとんど寝ることができなかった。

多分実質二時間も寝ていないと思う。

朝7時ごろ誰からともなく起きだしたので、外に出てみると太陽が登る頃で少しずつ暖かくなっていて、なんだか太陽のありがたみが身にしみた。

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昨夜は気が付かなかったけど結構広い敷地にトラックたくさん止まってるとこを見ると、なんかそういう『トラックの宿』てきな場所みたい。

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またドライバーのプーマさんが貸してくれたガスコンロでお湯を沸かしお茶とコーヒーを飲む。

僕は朝からなんか食べたり飲んだりする習慣がないんだけど、暖かいもの飲むのっていいなぁと改めて気づいたりもした。

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朝8時ころトラックはみんなを載せてまた南へとGO。

おもしろいくらいガタガタいわせてぶっ飛ばすんですが、寝不足だったしこの状況も2日目になると1ミリも面白くない。

僕はあまりの眠さにすぐ爆睡してしまい、そのまま起きずに12時まで寝てた(笑)

ふと周りを見ると一人残らずみんな爆睡。

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『みんなも昨日寝れなかったんだなぁ』となんだかちょっと笑えてきた。

しばらくすると昼休憩。

しょぼいけど高いレストランで。

海外ではよくあるんだけど、全く何もないところにポツンとレストランがあったりするから高いんだろうね。

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乗客のみんなとはホント仲良くなったんだけど、特に大好きなのが彼。

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1歳、職業ベイビー。

ペットボトルやパンをぶん投げて攻撃してくる憎めないやつだ。

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なんだかなついてくれて、この子の母ちゃんといろいろ話してたらカットしてほしいと言われ...

しかもまさかの700人目。

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書いてて気がついたけど、この旅唯一カットした場所不明。

予想では...マジでわからん(笑)

チリのどっか(笑)

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ベイビーちゃんのカットが終わり、僕ら一行はまたガタゴトと南下していく...。

もう28日の昼過ぎだ。

アリカを出てから85時間が経過していた。

ホントは30時間でつくはずだったのに...( ;∀;)

携帯の充電はとっくに切れていた。

この日の夜までにサンティアゴにつけば、もしかしたら谷津ゆりえに会えるかも知んない。

プーマさん、頼んますほんと。

そして...アリカを出てから何度目かの夕日が沈む頃。

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『今日はもうここでストップだ』

プーマさんはこう言った。

仕方がない、諦めようか...。

プーマさんいわくここで今から仮眠をとり、夜中に出れば朝サンティアゴにつけるとのことだった。

おそらく今から運転するのが辛いのと、したとしても夜中にサンティアゴに僕らを放り出したくなかったんだろう。

そんな配慮と、ついに終わりが見えてきたことが素直に嬉しかった。

プーマさんの友達らしきドライバーさんがパンとハムとチーズを買ってきてくれて、みんなに振る舞われる。

どうやら友達に連絡して買ってきてもらったみたいだった。

プーマさんがイケメン過ぎてびっくりした。

見ず知らずの人たちにここまで出来るんだなぁって。

頭が上がりません。

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もう一つ強烈なイケメンエピソードがあるんだけどね。

僕、ルービーが飲みたかったんですよ(笑)

どっかで売ってねえかなって聞いたんだよね。

『ない』

帰ってきた返事はやっぱりこれだった。

だが、何かを思い出したかのように運転席に行くと、なんとワインを持って再びやってきた。

ほ、ほれてまうやろーーーーー!

はい、懐かしいですね。

あのメガネの人ね。

プーマさんいわく、なんか貰ったんだけど飲まないからって。

もうみんなで飲みましたよね。

まわし飲みですよ。

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自作のペットボトルワイングラス。

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ベイビーはコーラ。

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こんな星空の下、みんなと飲んだワインはどこぞの高級ワインよりもずっとずっと美味しかった。

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きっとずっと忘れられないんだろうと思う。

ま、高級ワインとか飲んだことないんですけどね。

ほんとにほんとにプーマさんありがとう。

その夜、皆さん早めに就寝。

だがやっぱり鉄の床は痛いし、寒いしで寝るに寝られなかった。

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だからなんだか修学旅行の夜みたいに真っ暗の中みんなコソコソ話しては爆笑したりしてて楽しそうだったんだけど、僕はおとなしくしてた。

というかスペイン語がわからないんだからしかたあるまい。

寒くて目覚めた夜中の3時。

ブォンとエンジンがかかった。

どうやら出発らしい。

こんなアホのような寒さでどうせ寝れないんだからさっさと行ってしまってくれ!と思ってた僕がバカだったとすぐに気づいた。

そこから朝まで地獄でした。

トレーラーの荷台には穴が空きまくっていて、何なら後ろのドアも壊れてちゃんと閉まらなくて、荷台の中は強風が吹き荒れる。

扇風機の強なんてもんじゃない風が。

外の気温は何度だか知らないが、じっとしてても寒いということは相当なもんだと思う。

日本の関東あたりの冬の夜を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。

それに加えて強風。

しかも昨夜と同じく半袖半パン少年と服を分けたため、そんなに厚着ではない僕。

本気でヤバイと思った。

死んでしまうと。

なぜかというとさらに腹痛もやってきたからだ。

ここで漏らしたらカット1000人どころじゃなくなる。

いろんな意味でヤバかった。

震えも止まらず、もちろん寝れず、もはやその時の記憶とかあんまりないがどうにか朝7時まで耐えたらしく、ようやくサンティアゴに到着した。

もうサンティアゴについたことよりもその状況から解放されたこととトイレに行ける事が嬉しすぎた。

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バスターミナルを出発して40時間、アリカを出発して97時間後のことだった。

思えばバスが止まったあの日からずっと一緒にいたみんな。

全然先が見えなかったバスターミナルでの2日間。

冒険だった残りの2日間。

人種も言葉も宗教も何もかも違う僕を受け入れてくれたみんな。

言葉がわからないなりにもたくさん気にかけてくれて、話してくれてホントに嬉しかった。

困ったときは協力して、食べ物や飲み物は分けてもらったりして、お礼にぼくは歌を歌って髪を切って。

風呂も入れなかったし、まともに寝れなかったし、できないことのほうが多すぎて正直しんどかったけど、でもなんだかんだ楽しかった。

そんな決死隊でチーノはカメラマンでもあった。

今写真を見返すと、なぜかみんないつも笑ってた。

それから、最終日に知ったんだけど、リーダー格のおっさんは神父らしい。

バスが動かなくてひたすら待ってた時、冒険に出かける前、ご飯を食べる前、おっさんが一人でなんかペラペラ喋り、みんなは目を閉じてそれを聞き最後に「アーメン」って言っていたのでもしやと思って聞いてみたらやっぱりそうだった。

僕は特定の宗教、神みたいなのは信じていないんだけれども、こういう時神に祈る事だったりある共通の何かをみんなが想うことによって安心感だったり団結力が生まれるのかななんて思ったりもした。

それに日本ではあまり馴染みがない神父という存在がもつ人々からの信頼だったりっていうものを感じたりもした。

旅の思い出は星の数ほどあるんだけど、あの月面みたいなところですごい星空を見て歌ったこと、みんなとの奇妙な思い出、あのヤバすぎる地獄のような夜を僕は絶対忘れることはないと思う。

またいつかみんなとは会えるかな?

できることならいつかまた...

ホントにホントにありがとうございました。

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