過労死は会社が悪い?批判だけして「なぜ退職より死を選ぶのか」を考えない日本の未来は明るくないのかもしれない。




こんにちは。

今日はちょっと真面目な記事を。

多くの悩んでる人に読んでもらえたらと思います。

ここ3日ほど関西出張と講演会があり超絶多忙だったため久しぶりのブログになっちゃいました。

9日、高円寺Up to Youから兵庫の芦屋assoに移動し、サロンワーク。

そして翌日は大阪豊中asuadにて1日中予約のお客様をカットしまくり。

夜は僕が代表を務めるサロカリの関西メンバーと過ごし、そんで夜行バスで帰ってきてから昨日の午前中はUp to Youで働き、午後から銀座で4時間講演してさらに懇親会まで参加してきました。

講演会では旅のこと、夢の叶え方、美容師の仕事の価値、さらにブログとSNSについてもお話しました。

流石に疲れました。

3日間の内容がどうというよりも、睡眠時間が夜行バス→満喫の椅子→夜行バスのコンボで死にかけてました笑

ホテルに泊まって新幹線に乗れるお金が欲しいところです。

ですがまあ昨夜はゆっくり布団で寝れたのでやっと復活。

3日前の朝早く難波について、そのときはちょいと時間を持て余すこともあったので記事を読み漁ってました。

僕は日常的にニュースや話題ネタの他にも様々な記事を読むんですね。

少なくともだいたい10くらいは読むかな。

それで、このような記事を発見しました。

今話題になっている電通の女性新入社員が自殺してしまった事についてのある大学教授のコメントが記事になったものです。

ことの発端は、電通の女性新入社員が昨年12月に起こした自殺にある。この新入社員の業務量は10月からの1カ月間で約105時間に及んだという。三田労働基準監督署は、この社員が心理的負荷による精神障害で過労自殺に至ったと結論づけている。

この過労自殺が大きく報じられる中、武蔵野大学グローバルビジネス学科教授の長谷川秀夫氏が自身のFacebook上で「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」「会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」と言い放ったのだ。長谷川氏はその後、当エントリーを削除したようだ。

電通社員の過労自殺 「情けない」と批判する声に失望するツイートが大反響 – より抜粋

 

3日前にこれについて書きたいと思ってたんですが、なかなか書けず…

ちょっと遅レスって感じですが書きたいので書こうと思います。

日本の問題について。

こういった発言を見てどう思うかは人それぞれだとは思います。

「情けない」との言葉に批判が相次ぎ謝罪に追い込まれたそうですが、この教授さんと同じ感覚の人間は”一定数”いるはずですよね。

「情けない」「もっとやれた」

そういう判決を下す人。

それに対して「働かせすぎた会社がわるい」と批判する人もまた一定数いるわけです。

どちらも言い分があるのはわかります。

でもですね、「いやいやそこじゃないでしょ」…と僕は思いました。

見てるところが違うというか、そんな事をわざわざ言うことも、そんな事をわざわざ批判する事も全く無意味なんですよね。

事実として、この女性社員は亡くなってしまった。

そうなった原因が過労と認定されたということは、会社のほうが”働かせすぎた”ということに決まったということ。

だから過労死した女性社員に同情の声が集まるのはわかります。

「…かわいそうに」

僕も同じように思いました。

ただ同時に疑問が湧いてきました。

誰もが持った疑問だと思います。

「なぜそうなる前に辞めなかったのか?」

残業100時間で音を上げるのは情けないのか?電通は働かせすぎなのか?そんな事について感情的に語る人が多い中あえて言わせてもらうと、考えるべきことは「なぜ退職より死を選んだか」じゃないのかなと思うんですよ。

だってそんな普通じゃない事が実際に起こる国で僕らは生活していて、自分の大切な友達もしくは子供を同じように亡くしてしまうかもしれない。

だから電通を叩く前に、精神論を語る前に、教授の発言に怒ってコメントする前に、冷静に知らなくちゃいけないことがあると思うんです。

 

✱実は日本人は働き過ぎではない

はぁ?と思うでしょうが、こんなデータがあるのをご存知でしょうか?

OECDと呼ばれる 経済協力開発機構というものがあります。

今年そこが発表した「実質労働時間ランキング」というものを見てみるとかなり意外な結果に驚くと思います。

2014年の労働時間と雇用者数から割りだしたものだそうです。

36位 ドイツ 1371時間
35位 オランダ 1425時間
34位 ノルウェー 1427時間
33位 デンマーク 1436時間
32位 フランス 1473時間
31位 スロベニア 1561時間

30位 スイス 1568時間
29位 スウェーデン 1609時間
28位 オーストリア 1629時間
27位 ルクセンブルク 1643時間
26位 フィンランド 1645時間
25位 オーストラリア 1664時間
24位 英国 1677時間
23位 スペイン 1689時間
22位 カナダ 1704時間
21位 日本 1729時間 ←ココ

20位 イタリア 1734時間
19位 ニュージーランド 1762時間
18位 スロバキア 1763時間
17位 チェコ共和国 1776時間
16位 米国 1789時間
15位 アイルランド 1821時間
14位 リトアニア 1834時間
13位 イスラエル 1853時間
12位 ポルトガル 1857時間
11位 ハンガリー 1858時間

10位 エストニア 1859時間
9位 アイスランド 1864時間
8位 ポーランド 1923時間
7位 ラトビア 1938時間
6位 ロシア 1985時間
5位 チリ 1990時間
4位 ギリシャ 2042時間
3位 韓国 2124時間
2位 コスタリカ 2216時間
1位 メキシコ 2228時間

なんと日本は加盟38カ国中21位。

OECD加盟国の平均(1770時間)を下回る1729時間で、3位の韓国よりも395時間少ないそうです。

これは年間の数字なのでわかりやすく言うと1日あたり7時間労働という計算になります。

ちなみにパートなども含まれています。

日本では、休みが多い会社で年間125日~130日ほどになるそうです。

土、日、祝日の休みに大みそかと正月あたりを加えれば、120日前後になり、さらにお盆休みやゴールデンウィークも休めば130日。

120日で年間245日出勤になり、それで年間労働時間の1729時間を割ってみると1日あたりの労働時間が出てきます。

【1729時間÷245日=7.057時間】

この数字を見るとそんなバカなと思うでしょうが、これが平均値なんです。

仮に245日×8時間労働で考えてみても年間1960時間

それでもお隣韓国とは164時間も差があることになります。

また、美容師のような隔週連休の場合だと年間約105日ほどの休日になります。

つまり年間260日労働。

それで1日8時間だとすると、2080時間。

年間の総労働時間数の上限は2085時間ですので、一応それ以内には収まる計算です。

こう見ると日本人って意外と働いてないんですよね。

でも「いや7時間以上確実に働いてるぞ…」そう思う方ばかりだと思います。

それはなぜか?

そう、日本には悪しき習慣である「残業」と言うものがあるからです。

 

✱「残業」とはそもそも何か?

日本の企業と海外の企業ではこの残業に対する捉え方が全く違い、”残業なんかするもんじゃない”という諸外国に対して、日本は”残業して当たり前”という認識なんです。

お金貰えればまだいい方なのかもしれませんが、サービス残業当たり前というのもありますよね。

いわゆるブラック企業というかどうかはこの残業によるところなのだと思われます。

といっても、近年ではサービス残業が禁止されたこともあり、ノー残業デーなどを設ける企業なども増えてきています。

それでも、残業が当たり前になっているような習慣が抜け切れていない会社も多々あるようです。

その証拠に「サービス残業は当たり前」という風潮は、日本の会社の悪い習慣ランキング、やめてもいい習慣ランキングで1位となっているそうです。

ちなみに、美容室と企業を比べるのはちょっと違うかもしれない…と思いますが、僕が海外に出る前に働いていた某美容室の労働時間について話すとこんな感じでした。

朝8時半に出勤しタイムカードを押すのですが、帰りは押さないんですね。

というか「押すな」と言われていました。(笑)

労働時間は確か9時〜21時とかだったので毎日12時間労働確定しているわけで、今思うと押せるはずがなかったんですね。

その後の技術の練習はまあ自主的なものだからお金が出なくてもいいとしても、たまに朝6時半とかに来てビラ配りさせられてたんですが、そういうのに関しても明細書を見たところで特に時間外手当や残業手当の文字を見つけることはできませんでした。

それで「うちはちゃんとした会社だ」みたいなことを社長は言っていたような気がするので、今思うとちょっと笑えてしまいます。

ただ、現在美容室を経営してみて思うことなのですが、決められた時間外でどうしても働かないといけない場面ってあるんですよね。

お店の営業時間は12時からなのですが、朝からやってと言われたらお店を開けますし、昨日も講演会のため閉店の予定だったんですが、午前中にどうしてもという方がいたのでお店を開けましたし。

そういうのはどんな仕事でも、どんな企業でもあるはずです。

ですが今回の電通の女性社員のように100時間超えの残業をしなければいけないような仕事の仕方ってやっぱり違うと思うんですよね。

そもそも、残業って何時間までならいいの?という疑問があると思います。

これは労働基準法36条、通称サブロク協定というもので残業時間は1週間で15時間、2週間で27時間、1カ月で45時間……

と決められているわけです。

というわけで”毎晩遅くまで残業”している人は普通にアウトな環境で働いてるわけですね。

ちなみに看護師、タクシー運転手、消防士などは「1日あたりの勤務時間が長いけれど休日も多い」という様な働き方をしているのでちょっと別になります。

「知らなかった」

という労働者の方もいるかもしれませんが、こういう事はちゃんと法律で決まってるんですよね。

かつての僕は「明らかにおかしいのはわかってたけど何も言わなかった」タイプの人間でした。

それが当たり前だと教え込まれていたし、周りもみんなそうしていたし。

他人を見ては歩幅を合わせていたんですよね。

でも美容室を経営したり講演会で全国をまわるようになり自分に関わる法律の勉強もするようになって思ったんです。

殺人はダメ、窃盗もだめ、交通ルールも守らないとだめ、税金も払わないとだめ・・・でも労働基準法は違反しても仕方ない。

よく考えたらめっちゃ変ですよね?

なぜそういう認識になっているのでしょうか。

みんな目を覚ましたらいいのにって思います。

 

✱精神論とか根性論を語る大人が多すぎる

僕は「頑張れ」とか「人がやってるからお前もやれる」とか「昔はもっと大変だった」とか「俺はもっとやってた」とかそういう精神論とか根性論だけをひたすら語る大人が嫌いです。

理由を説明することはできず、自分自身が理屈を知らない。

だけどなんやかんや言う人。

様々な価値観を持つ人が増えた現代でそういった”根拠がない説教”は無意味だと思います。

時代が変われば価値観や常識は変わります。

もちろんツールだって変わります。

スマホを取り上げて、昔はこうだった…と紙とペンを渡すことなんて無意味なんです。

なぜ日本人は根性論が好きなのか?

それは虐待されて育った子供は同じ事を自らの子供にする…といったものと同じ事なのではないでしょうか。

僕は高校時代はラグビー部でした。

入学してしばらくしたある日のこと。

「おい1年、てめぇらタルんでるからボウズにしてこい」

美容師志望だった僕はガチで学校をやめるか悩みました。

結局頭を丸めて虚しい日々を過ごしました。

先輩に逆らうことができなかったんですよね。

僕らが2年目になった時にも、3年目になった時にも同じ話題が巻き起こりました。

「あいつらタルんでからボウズに…」

くだらないなーと当時思ったのを覚えてます。

「俺らも先輩にこうされたんだ」

みたいなのって超どうでもいいじゃん…って。



そうやって幼い頃から年功序列という意識が強い日本では、下の世代にも根性論を押し付ける傾向があります。

なぜなら自分の過去を否定したくないから、自分が感じた苦痛は無意味だったと思いたくないから。

だから上の人は下の人に「それくらいで情けない」「俺はもっとやった」こんな言葉を言ってしまうんですよね。

昔はそれがまかり通ってたけど、今はそうはいかない。

なぜかといえば様々な新しいものが生まれたことにより、時代が変わったから。

ただそんだけです。

だけど、1つ思うことがあります。

根性論だけを語る大人は嫌いだけど、仕事には根性論って必要なんじゃないかと思ってます。

これを矛盾というのかもしれないですが…。

美容師をやっていると「うっわーキッツイ」と思うことがたくさんありました。

眠い…とか、お腹すいた…とか、疲れた…とか、いつもそんな事を思ってました。

「もう少し頑張ろう」「あとちょっとやろう」

そう思って働いていたのと、先輩の「頑張れ」という言葉に後押しされて今まで続けられたたのも事実です。

学校の部活だろうと、社会に出てからの仕事だろうと、きっとどんなものでも多少の無理は必要なんじゃないかと思うんですよね。

楽して稼ぐことはできないし、楽してスキルや資格を手に入れることはできないからです。

もしかしたら限界までやらなきゃいけないって時もあると思います。

ただ、その限界っていうのは自分自身でもよくわからないものだと思うんですよね。

どこまでなら頑張れるのか?どこまでいったらやり過ぎなのか?

それは人それぞれ違うはずなので、他人がそれを決めることも出来ない。

だから変な教授が「残業100時間で死ぬとか情けない」とか言う事は絶対に出来ないんですよね。

ただ、そういう不明確なギリギリの世界で揺れるっていうのは、誰もが経験したことあるんじゃないでしょうか?

その中で自らが限界を超えたと思えば、部活をやめるにしろ、仕事をやめるにしろ、満足して次の行動を起こすにしろ何らかのアクションを起こすはずです。

日本ではその何らかのアクションに「自殺」が含まれているわけです。

精神論を語ったり、会社を批判したってなんにもならない。

そんな事はすごくどうだっていいんです。

みんなが確実に持ったはずの疑問は押し殺して、わからないこととは向き合わずに人を批判ばかりしてるあたり、日本の未来はあんまり明るくない気がしませんか?

「なぜ辞めないで自殺したのか?」

 

✱過労死がなくならないのは教育のせい

もうこれを書いて教育関係者とか親とかから批判がきても仕方ないかなぁと思いつつ、書きます。

なぜ日本人は死んでも働かなくてはならないのか?

それは会社が悪いとかうんぬん以前に悪者にされているものがあるからです。

それは“無職”です。

この国では就職が人生の一大イベントであり、最重要事項になっています。

もちろん全ての人に言ってる訳じゃないですが、圧倒的多数の日本人に当てはまることではないでしょうか。

そのために子供たちは勉強し、いい大学に行き、みんな同じスーツに袖を通し、就職活動をします。

言いかたを変えると、個性豊かな子供たちは個性を潰す教育を受け、大学に行かないとダメだと教えられ、みんなと同じように就活しないと将来は暗いよと言われます。

全ては良い企業に勤めるために。

それが正しいと言われる世の中だからです。

それらに反する行為は言うまでもなく会社をやめることです。

仕事を辞めることはこの日本では大罪なわけです。

子供の頃からそうやって良い企業に入るために育てられてきた子供たちは皆、無職になるのが怖いんです。

みんなが働いて”安定した収入”があるなか、収入が絶たれ不安な毎日を過ごすことが怖いというよりも「失業者」「無職」というレッテルを貼られることが怖いんだと思います。

かつて社会に敷かれたレールから外れて不良のレッテルを貼られた人をたくさん見てきた子供たちは自分もそうなるのが嫌なんです。

常識から外れたことを言ったり行ったりするとバカと呼ばれます。

学校を辞めたやつはクズと呼ばれ、会社をやめたやつは無価値の人間のように扱われます。

「あいつは人と違うことをする変な奴だ…」

みんなそう思われたくないんです。

だから給料が安くても、残業代が出なくても、夜遅くまで帰れなくても、休みがなくても、体を壊しても、精神を病んでも、未来に希望が持てなくても、働く。

「まだやれる」「まだがんばれる」

その原動力は”悪者になりたくない”ってところから来てるわけです。

辞めるって選択肢がない状態でもしも限界を突破したら・・・?

って事ですよね。

電通が悪い?

情けない?

いやいや違いますよ。

そういう人をたくさん作ってる世の中が悪いんじゃないですか?

教育が悪いんじゃないですか?

なんて僕は思うんですよね。

怒られますかねこんなことを言ってしまって。

「頑張ろう」「もう少しだけやろう」「キツイけどあと1日我慢してみよう」

本来はこういうのって”やる気”とか”こうなりたい”っていう夢や希望があるから沸き起こる気持ちだと思うんですよ。

部活を頑張るのも、好きな仕事を頑張るのもそうじゃないですか。

そういうプラスな気持ちで動いてるときって辛くてもがんばれるし、金がなくとも時間がなくとも希望だけはある状態です。

美容師ってブラック企業よりもブラックな部分がある業界だと思うんですが、技術職だから好きな人しかそもそもやらない仕事なんですよ。

好きって気持ちがある場合ってそれが”こうなりたい”とか”ああなりたい”とかっていう希望に変わるわけです。

だから、例えキツくてもクソみたいな環境でも金がなくても「もうちょい頑張ろう」ってなれると思うんです。

それで限界が来たら?

そりゃあ辞めます。

好きじゃなくなったら続けられないし、好きなことを本気でやって無理だったなら結構簡単に諦められるんじゃないかと思います。

高校球児が好きな野球を全力でやって甲子園行けなかったら死にますか?

って話です。

【継続は力なり】

この言葉は僕は好きですし、仕事でもなんでもある程度は続けてみないことには本質はよくわからないと思っています。

ただ、続けたからって偉いとは思いません。

キツイ環境で頑張って来た人、耐えてきた人、毎月残業100時間やってる人…その人たちは超スゴイかもしれません、だけど偉いとはちょっと違うのかなって。

先輩、上司みんながみんなじゃないですよ、もちろん。

だけど例えば、ラグビー部の先輩みたいにボウズを強要する先輩。

みんなもやってきたんだ…と残業を強要する上司。

俺の時代はもっとやった…と見下す教授。

続けてきたから言えることなんでしょうが、それを強要することって偉いってことになるんですか?

自分がやられた嫌な事を下の人にやるっていうのは偉い人がやることなんでしょうか?

辞めずにそれらに耐えた人は、また下の世代に同じことを繰り返すのでしょう。

みんながやってきた事と同じことができないやつは悪だから。

それが日本の教育だから。

 

✱会社なんかむしろ辞めた方がいい

例えば、会社を辞めよう、転職をしようと思っても「もし転職に失敗したら…」「もしお金なくなったら…」と不安に思うとなかなか踏み出せないと思います。

だけどそんな事はわからないと思うんです。

「失敗するかもしれない」の反対は「成功するかもしれない」であって、仮にその確率は五分五分だとしたらトライしてみる価値はあると思うんです。

給料が下がったら失敗なのか?労働時間が短くなったら成功なのか?

それを決めるのは他でもない自分次第なので、いいように捉えれば転職は成功するといえます。

失敗だと思うのであれば、また転職すればいい。

それは悪い事でもなんでもないですし、むしろ様々な”社会人の形”を知ることができて人として大きくなれる利点があります。

その当たり前からの脱却が、その様々な経験の積み重ねが自分自身を成長させ、個性や感性を豊かにしてくれるのではないかと僕は思います。

実は、僕は仕事を辞めた経験があります。

夢を持って新卒で入った会社で2年ほど楽しくやっていたんですが、ある日の転勤を機に生活がガラっと変わってしまいました。

その店舗でやりたいと思っていた事とか希望とか夢とか全部なくなり、楽しかったはずの仕事が楽しくなくなり、金もなかったし、通勤時間も片道1時間半になったしで、仕事に行くのが本当に嫌になりました。

理由はよくわかんないけど、とにかく嫌でした。

何もしてないのに朝の電車の中で勝手に涙が出たときとかは「あ〜病んでるオレ」と思ったのを覚えています。

辞めたいと相談した人からは「辞めて何になる?」「もっとがんばれる」「今やめたらすべてが無駄になる」そう言われました。

「あー辞めちゃいけないんだな…」

と、なんだか先の見えないトンネルに迷い込んだような気持ちで日々を過ごしていました。

3ヶ月後、一人旅で行った仙台で偶然出会ったチャリで日本一周してる旅人と、酔っぱらいのオヤジに「アホか、そんなもん辞めちまえw」とアッサリ言われ、なんかハッとして仕事を辞めることになりました。

社会の組織から外れてみると、そこにあったのは「自由」

毎日、電車に1時間半も乗ったり、遅くまで働いたりする必要はありませんでした。

ただ、自由を謳歌出来たのはたった2ヶ月間だけでした。

貯金が尽きかけてきたのです。

辞めてみて、自由になったのに、僕は悩みました。

「なんでもできるはずなのに、金が無いとなんもできないぞ…」と。

「俺は何がしたいんだろうか」

立ち止まって本当に自分と向き合うことで、将来について真剣に考えるきっかけとなりました。

また一度辞めてしまった事により”社会人の常識”みたいな呪縛みたいないろいろなモノを吹っ切ることができたので、より柔軟に物事を考えるようになりました。

だけどそのおかげで今があります。

辞めてみて、新しい世界を知れて良かったって本当に思ってます。

10代の時はみんなと一緒が嫌でクズ呼ばわりされ、一般常識から外れるような言動をしてバカとか呼ばれ、あげく仕事を辞めて無職の悪者になった僕は、今は美容室を経営する傍ら全国で講演会をしたり、次世代美容師コミュのサロカリ代表をしたり、本を出したり、テレビに出たりするようになりました。

人生ってわからないものです。

みんなと違う事をするのには勇気がいります。

だけど、それでいいんじゃないか?

個性をもっと活かしていいんじゃないか?

仕事をやめるのは恥ずかしいことでも、悪い事でもなんでもないんじゃないか?

白い目で見てくるやつを、お前はクソだと罵ってくるやつを、いつかでっかくなって見返してやればいいんじゃないか?

僕はそう思います。

今、あなたの望む人生をおくれていますか?

本当に幸せだと言えますか?

もし、今の生活に疑問を感じてる人がいたら、働きすぎてよくわからなくなってる人がいたら、さっさと辞めちゃうことをオススメします。

もし、今悩んでる人がいたら、さっさと辞めちゃうことをオススメしてみてください。

その方が絶対に幸せになれます。

…と僕は思います。

それでは。

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