今の本音…美容師をやめて激変した2019年 ブチのめされて学んだこと。「心を亡くすと書いて忙しい」

長いです。ほぼ文字だけです。

いつからだろう。

ブログに好きなことを書けなくなった。

起こった出来事も、感じたことも。

昔は息を吐くように書いていたブログ。

一体何がそうさせているのか、以前は僕自身もわからないときがあった。

ブログはオワコンだとか、グーグルのアップデートで検索順位が落ちたとか、読者がいるとかいないとか、他の何かにハマったとか、そういうことではなくただただ脱力といらだちがあった。

知らない人からの批判なんてものは昔からあった。

伊達に何度も炎上していない。

そんなものは今でも気にしていない。

だけどある時から声無き声を気にするようになった。

「何も言わないけど見てるぞ」

そんなプレッシャーがあった。

人づてに巡り巡って聞かされる嫌な感想。

「嫌なら見るなよ」と思うけど、嫌でも見るんだ。

その見る人を止める術がなかった。

誰かに監視されているような気持ち悪さを払拭するためには書くのを辞めるしかなかった。

冒頭から何を書いているのだと思われるだろうけど、実際そのような心境であり、今これを書いたところで誰が何を感じどう思ってどうアクションを起こすのかはわからない。

ただ独り言だと思って読んで頂ければと思う。

これは決して「幸せ!ありがとう!みんな大好き!」というブログではない。

世界一周の旅から帰ってきて4年が経とうとしている。

2015年12月22日は高円寺で髪を切り始めて3日目のことだ。

今でも覚えている。

ある意味、イケイケだったと思う。

向かうところ敵無し…ではなかったんだけど、そう思っていた。

なんでもやれると思ってた。

それは今も思ってるけど…

正直その頃は海外でいろんなことをして、いろんな人に出会って、SNSやブログといったネットでいろんな人に後押ししてもらって、それらすべての勢いがめちゃくちゃあったと思う。

本、テレビ、雑誌

取材はあちこちから来た。

人もたくさん集まってきた。

良い人も悪い人もね。

その後それなりにいろいろ苦労はしたけど、正直去年くらいまでは”その財産で”やってこれてたような気がする。

“世界を旅した美容師jun kuwabara”

というネームと実績それだけでやってこれたような気がする。

もちろん多くの助けがあった。

でも助けてくれていた皆様はやはり旅人美容師を助けてくれていたのだなとある時気がついた。

皆様が望むものは旅して世界を巡って髪を切って…みたいな僕。

帰国して仕事をはじめて早々にギャップを感じていた。

僕が見ている未来、成し遂げようとしていることと、周りから望まれている姿や見られている姿には少しの誤差のようなものが最初からあった。

さらに時が経つにつれ、誤差は大きな差となりいつの間にか埋められないものになった。

望まれている僕でいられなくなったということ。

それをするのはまるで演じているかのようで、自然体でいられないと感じる瞬間が多くなった。

でも僕は僕であり、見ている未来と成し遂げようとしていることはブレていない。

周りからしたらそれが”ブレた”になる。

いつまでも旅して髪を切ってるわけじゃない。

環境や世の中に応じて生き方は変えてきてた。

これまでもそうだった。だからこそ旅にでたんだ。

ブレてしまった僕に対して”裏切られた”と感じた人もいただろう。

「あいつは僕らから離れていった」と感じた人もいただろう。

そうではない。

そうではないんだ。

僕は僕の道を歩いていた。

あなたが「面白そうね」と近寄ってきた。

「では一緒にあるきましょう」と言い、しばらく一緒に歩いたのち「僕はここで寄り道したいな」と言う。

すると、あなたは「嘘つき!私と歩くと言ったじゃない!」と怒ってしまった。

その気持ちはわかる。

確かにそうかもしれない。

でもいつ立ち止まるとか、いつ右に曲がるとか、それは誰にもわからないから最初に約束はできなかった。

先に行くのならそれを尊重するし、立ち止まるならそれを尊重するし、できれば互いに「また世界のどこかで会おう」と言って別れたかった。

世界の何処かで出会ったあの旅人達のように。

いつからだろう。

期待という言葉が嫌になったのは。

期待の反対は裏切りになる。

期待に応えられないことはたくさんある。

応えられないけど裏切ったつもりはない。

つもりはなくても人は離れていく。

良い時には優しくしてくれて、裏切られたと思えばそっといなくなるだけでなく影で悪口を言ったりしてしまう。

きっとそんな事は学校でも社会でもよくあること。

誰でも、どこでも。

ただ人よりはるかに多く【いろんな人と会ってきた】過去があるから、きっと比例してそういう経験も多いのかなと思う。

今思えば4年前に帰国してからの3年間くらいは普通じゃなかった。

毎月数百人と顔を合わせる生活。

SNS、ブログ、そういったものの効果。

それで楽しかった部分もあるけど、疲れてしまったと感じたのは正直あった。

美容師を辞めようと思ったり、店を閉めようとおもったり、時間もお金も使ってやってきたことや、作ってきたコミュニティを閉鎖したのも、全部それをやめたいと思った強い気持ちが根底にはあった。

1年前の話。

逃げだったと言われたらそうかもしれない。

とにかくいろんなことに迷った。決められなかった。

今まではスタスタ歩いていたような自分の人生の道というものに、2019年になって30歳になって初めて迷った。

やっていた仕事をやめた…それだけじゃなくてプライベートも会社も一切うまくいかなかった。

家族ともうまくいかず、夫婦関係も破綻し別居、それで仕事にも影響が出たり、独立したいというから店を立ち上げて任せてた従業員が飛んだり、ハッキング被害や騒音トラブルによるサロン移転など会社でも様々なトラブルがあった。

正直もう意味わからないくらい思っていた。

「道に迷ってるけど引き返せない」

人生で初めてそのような状況に陥った。

迷いに迷って、一寸先はまさに闇。

照らすものも、方法もわからない。

誰に相談してもいいかもわからない。

パートナーもメンターも、八つ当たりできる人さえもいない。

ただ暗闇の中を進むのみ。

友達、お世話になった人、いろんな人の顔は浮かぶ。

でも話せなかった。

後悔せずに生きてたはずなのに、後悔もした。

いろんなことを辞めずに、周りの期待通りの自分を演じていたら良かったのだろうかなんて思った。

ジッとしているのが苦手で、いろんな事をやってみたい旅人基質な自分のキャラクターや思考さえ恨んだ。

そうなると終わりだ。

自分自身を否定しだしたら終わりだ。

「まだやれる」「もうだめだ」

そんな狭間で独り潰されそうになりながらいろんなことを考えた。

その後も追い打ちをかけるように病気になったりお金のトラブルがあったりと、そのへんに関しては詳しくは書かないがとにかくいろんなことがあった。

とはいえ、別に不幸自慢をしたいわけじゃない。

そもそも不幸だとは一切思っていない。

いろいろあったけど、迷って迷って悩んで苦しんでそれでもなんだかんだ時は過ぎて今は今で生きている。

選択を間違えたかもしれないけど、それでもなんとかやっている。

決して【一人でなんとかした】とは思っていない。

やっぱりなんだかんだ家族は助けてくれて、友達も手を差し伸べてくれて、従業員に事情をすべて話してそれでも働いてくれていて。

税理士さんにせよ、大家さんにせよ、お客さんにせよいろんな人達の理解があったし、そして僕の身近で僕自身の悩みを聞いて励ましてくれた人がいたからやってこれたのだなと。

それはすごく幸せなことだと言える。

変わっていく僕を見て裏切られたとか、あいつは変わっちまったとか言って離れていった人はたくさんいた。

そうは言わなくてもただ離れていった人もたくさんいた。

でも思ってた以上にそういう風に色眼鏡というか僕自身を決めつけないで見てくれる人もたくさんいたって事に改めて気がついた。

その人たちにこちらからは言えなかったこと、話せなかったことはたくさんある。

たぶん「意味はわからない」と思いつつも旅人美容師のjun kuwabaraではなく、ありのままの桑原淳を見てくれようとはしてくれてると感じたし、どんな状況であれ応援するよと言ってくれた事、会いに来てくれたこと、声をかけてくれたことが嬉しかった。

気持ちがうれしくて泣けた。

それがホントは当たり前の人との付き合いなのかもしれないけど、僕は少しいろいろやりすぎた。

いろいろな人と会いすぎてわけわからなくなって、勝手に歩み寄ってくる人を勝手に嫌になって。

もう少しで「世界のどこかでまた!元気で!」って言って別れたそういう人たちとの関係さえも駄目にするところだったなと。

様々な予期せぬトラブルはあったけど、終わってみればそれ自体は乗り越えられる壁だった。

その経験ができた事でまた強みが生まれたと思っている。

プライベートなイザコザや会社のお金の問題は自分が未熟であっただけのこと。

もっと考えて、もっと考えて考えて考えて、もう少しだけ行動に移せていれば良かっただけのこと。

すべての責任は怠けていた自分にあると非を認め、考え直して勉強を始める良いきっかけになった。

確かにいろんな嫌なことではあった。

けど、総じて言えば「良かった」の一言に尽きる。

会社のこと、自分のやるべきこと、家族との付き合い、人との付き合い、考え方、価値観

様々な事が変わった。

正直前の自分とは全然違うと思う。

熱量はかわらずある。

でももうボーボー燃えてはいない。

炭火のようにただそこでジッと長く高温の熱を発しているような。

アイデアも湯水のごとく湧く。

でもそれで誰かと何かをやりたいという気持ちはない。

自分や身近な人のために使おうとしか思えなくなった。

お金も、時間も同様に。

これまで「誰かのために」という偽善的な動機でアクションを起こすことは全然いいと思っていて、それが結果的に誰かの悩みを解決することになるからいいと思っていた。

でもそれも変わった。

「誰か」の範囲が劇的に狭くなった。

ほぼ顔が見えるくらい。

これまでの環境に合わなかった美容師の悩みを解決したいとか、集客に悩んでいるオーナーの悩みを解決したいとか、いろいろ言ってやってたけど正直今は全然そこまでは考えられなくて。

もっとリアリティがある、顔が見えて関わりがある…もしくは今後関わっていけそうな人しか無理だと。

そう思うようになった。

もともと現実的に考えるタイプだったけど、ある意味より現実しか見なくなったような気がする。

人に期待をするということがなくなった。

それが家族でも友達でも社員でもお客さんでも。

「こういう反応がほしい」とか「こうなってほしい」がなくなった。

その期待通りにならないと「なんでだよ」って思う自分がかつてはいた。

まるで鏡のよう。

自分が勝手に期待されて勝手に裏切られて嫌な思いをしたということを、僕も誰かにしていたんだといろんなことが起こって気がついた。

最初から、裏切りもなにもないんだホントは。

その人をある役に当てはめるから期待をしてしまうのであって、違ったら裏切りだと感じるのであって、その人自身を見ることをすればそんな事は思わない。

社長とか、新入社員とか、母とか父とか、彼氏とか旦那とか

そういうことじゃないんだなって。

その人自身がどうなの?あなたがどうなの?っていう視点が大切で、それに対してじゃあ自分はどうしたらいいの?どうすべきなの?って考えることが大切で。

だから期待はなくなったけど、代わりにキャッチボールをしようと思うようになった。

返ってきたことに考えて返す。

また返ってきたことに対して自分はどうしていけばいいか考えて返す…

それだけ。

キャッチボールができないアルバイトはやっぱり働いてもらえないし、キャッチボールができないお客さんにはきっぱり「お金はいらないのでもう担当やめさせてください」と言うし、とにかくキャッチボールができないと人間関係がうまく行かなくなる。

投げるだけ投げて期待だけして、ボールが返ってこなければムカつく…ってなってしまう。

キャッチボールをするためには投げ方も考えないと。

受け取り方も考えないと。

そういうもんなのだと気がついた。

人間関係がうまくいかないといろいろキツイ思いをする。

楽しいことも楽しめない。やりたいこともやりたくなくなる。

“忙しくなる”

心を亡くすと書いて「忙」

今年は本当に忙しかった。

心を亡くていたなと思う。

思えばここ数年ずっとそう。

人より時間はある気がするし、毎月海外に行ってたときだってあった。

今だって別に朝気分が乗らなければ1日漫画を読んで過ごしたりもできる。

けど周りからは「忙しそうだね」と言われるし、自分も「なんか忙しい」ってずっと思ってた。

とすると肉体的な拘束とか動きではなく精神的な事なのだろうと。

忙しい、心を亡くす

その心とは何なのだろう。

哲学的ではあるけど、人に対する気持ちなのではないかと思う。

時間はあっても、健康でも、お金はあっても、パートナーがいても、家や車があっても、そういう気持ちの余裕がなくなることが【心を亡くす】という状態でなのかなと。

つまり「なんとなくケーキを買って帰ろう」ができなくなる。

「作ってくれたごはん美味しいね」が言えなくなる。

「ありがとう」が言えなくなる。

社会的地位とか、役職とか、年収とか、学歴とか、twitterのフォロワー数とかそういうことはやっぱ生きる上であまり関係がなくて、たくさんの期待を背負ってるとかそういう人もいるんだけど、それだけが人の生きる目的ではないし、大切なことではない。

今年はそんな気付きがあった。

周りを見てるとかつての自分みたいに「フォロワー○人達成したノウハウがぁ」とか「フォロワー○人目指す!」とか承認欲求の塊のような人がたくさんあふれてる。

時代なのだと思う。

けど、どうか周りの期待を背負いすぎずに自分らしく生きてもらいたい…などと思う。

心に少しでいいからゆとりを持って生きていくこと。

それを意識しだすきっかけが今年起こった様々な出来事だったのだろうなと思う。

幸か不幸かという話ではない。

そんな事は人生が終わるときに一人でこっそり決めたらいい。

今はただありのままの自分で、叶えたい未来に向かってゆくだけ。

その過程に良いも悪いもない。

心だけは亡くさずに、イチクリエイターとして、イチ旅人として、桑原淳として生きていきます。

「忙しいからの脱却」

それが僕の来年のテーマ。

最後に…

今年は卑弥呼様(7/1〜)高菜先生(10/1〜)というシュールな家族が加わり、会社も少し前進した。

先日「郷土料理専門体験教室 富士家」も無事にオープン。

クラファンでサポートしてくれた方も多数いまして、当初こちらのブログの方にお名前記載をしようと思ってましたが、体験教室富士家のページへ記載します。

ホームページ

今年はもう終わるけど、長かったような短かったような。

出会いも別れもあったけど、それはそれで。

では、皆さんも良いお年を。

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