今僕はプーケットにいます。
バンコク→アユタヤ→バンコク→プーケットと移動して、今日でもうタイに滞在してるのが9日目となりました。
長いのか長くないのかよくわかりません。
ブログは毎日更新を目指しているものの内容は様々。
とりあえずインスタグラムには旅のことをわりとリアルタイムで載せています。
過ぎ去った月日に思うこと
2014年10月ぶりにプーケットにやってきました。
おおよそ3年ぶりです。
昨日はビーチで6人くらいカットしました。
さりげにキャンベルも1人カット。
プーケットには友達が何人かいます。
それは当時ヘアカット世界一周の旅をしてた時に出会った人たち。
その時に実際に切った人、切らない人も含め、多くの人に出会いました。
今回久しぶりにプーケットにやってきてすごく嬉しかったのが「僕のことを覚えてくれていた人がいたこと」でした。
カットした人もしてない人も。
バンコクでも「Hello JUN」「Hello haircut man」と覚えてくれていた人たちにたくさん会いました。
中には3年ぶりにカットした人も。
フェイスブックとかインスタグラムとか現代ではSNSで近況を知れるかもしれないけど、その人たちは僕のSNSをしりません。
それでも覚えてくれていた。
嬉しいです。
本当に。
記録より記憶に…
昔からそうなのですが、僕は記録より記憶に残る生き方をしたいと思っています。
相手に対してだけでなく、自分の中でもそうでありたい。
忘れてしまうような日々は過ごしたくないし、旅だったらなおさら。
その方がいいと思う理由は、記録は上書きされることもあるけど、記憶は上書きされないからです。
旅云々だけでなく、いろいろな物事に対して言えることです。
仕事にしろ、人間関係にしろ。
どうせ生きるならふとしたときに思い出してもらえるような存在になりたいし、どうせ生きるならふとした時に思い出せる時間を過ごしたい。
僕はめちゃくちゃ平凡な人間だからこそ、そんなことを多分望んでいるのかもしれません。
記録を作るより、記憶に残すほうが楽
そもそも記録を作ろうと思ったときに、必ず競合は必要になります。
2位以下がいないと1位にはなれない。
そこにはたくさんの戦いがあり、苦悩があり、喜びがある。
1位を目指す事が目的になったときに人は頑張れると思うけど、そこには頑張りだけでどうにもならない事もあると思います。
記録を出せた人は勝ち、出せなかった人は負け。
至ってシンプルなその構図に、あまり僕は幸せを感じられません。
なにより自分自身が平凡すぎるから多くの競合に勝てる気もしないし、万が一勝てても勝ち続けないといけないプレッシャーにきっと潰されるような気がして。
誰とも戦わない、誰にもムカつかない。
そんな世界が理想です。
だからこそ、オンリーワンな存在を目指そうとしてるし、作り続ける。
そのほうが誰かが先に作ってしまったルールがないから楽です。
それにたくさんのうちの誰かになるより、ただの1人の方がやっぱり覚えてもらいやすいんだなって今回タイに来て思いました。
仕事でもなんでも、多くの人と張り合うよりオンリーワンを作ったほうがいい事も実はあるかもしれません。
比べられないという場所の居心地の良さは、たぶん張り合うことを辞めた人にしかわからないけど意外といいものです。
数字、成績、そんなものもきっと大切だけど、誰かが決めた枠の中でただ生きるより自分でさえも上書きはできない記憶をたくさん作ったほうが歳とったときに思い出して嬉しくなったりする回数が増えるのかもしれません。
日常生活だとやっぱり昨日の夕飯とかも思い出すのは難しいけど、何か工夫さえあれば毎日が自分自身に焼き付くような日々にきっとなる。
そうやってオンリーワンになろうとしているその瞬間に僕と関わった人の記憶には、そんな僕の姿がまた強く残るのかもしれない。
どうせ生きるなら…。
また何年かしたらプーケットに戻ってこよう。
昨日の夜食べたパイナップルチャーハンはきっとずっと忘れないだろうな。