お金のために働くことをやめたら上がる幸福度。プレゼント、あげたほうが幸せじゃない?




コラム

メリークリスマス。

今年のクリスマスは実家の山梨で過ごした。

仕事を休んでわざわざ山梨に来たのには理由がある。

おばあちゃんの髪を切るため。

まあ他にも友達に会ったりとかいろいろあったんだけど、それが1番大きな理由。

僕は2年前日本に帰国してからずーっと2ヶ月に1回山梨に帰ってる。

去年の夏くらいからは必ず日曜日を狙って帰ってる。

ばーちゃんが段々と具合が悪くなり、デイサービスに毎日行くようになってしまったからだ。

家に1日いるのは日曜日だけ。

一昔前までは日曜日に休むというのはあり得なかった。

なぜなら美容師にとっては週末というのは稼ぎ時だからだ。

勤めてたときなんて、休むとか言ったこと無いけど言ったら絶対怒られたと思う。

そういうものなんだ。

働く…

僕も一昔前まではお金のために働いていた。

働かないとお金がもらえない。

お金はほしい。

お金がないと生きていけない。

…だから働く。

お金がほしいから、働く。

ずっとそう思ってた。

だけど今はお金のために働くというのは間違っていると思う。

別に日曜日休む自分を肯定したいから言うわけではないが…

実は、働くことも、お金も、幸せを得るために必要なことなんだと気がついた。

働く目的は生活のためであり、休みも、お金も、生活のためだ。

全部、生活のため。

そして生活の中にある”人”や”幸せ”のため。

お金そのものに”幸せ”というものはない。

貯金がいくらあろうとも、それで幸せは感じられないんだ。

お金は使ったときに初めて幸せを感じることができる。

それを人は感覚ではわかっていても、頭ではなかなか理解ができない。

休むこともそう。

休みがあったって暇なだけ。

幸せを感じるどころか暇だということを不満にさえ思うかもしれない。

時間は使いたい対象があったり、やりたい事があるから「時間があって幸せ」という事になる。

働くこともそれと一緒。

目的や目標があるからこそ、働くことに幸せを見いだせる。

お金のために働かなくなって1番変わったことは、幸せだと感じることが増えたことだった。

例えば稼ぎどきである日曜日は働かないといけないと思っていれば、友達の結婚式に出るのも気が引けるだろう。

結婚式に出て、喜ばしいことなんだけど、稼げるはずだった売上がなくなったばかりかご祝儀も払って…なんて思ってしまったらなんとなくスッキリしない。

まあかつての僕がそんな感じだった。

何をやってもそんな事を思ってたのでは、人生なにも楽しめない。

今では稼ぎどきに美容室を休み、交通費を払ってまで一人の髪を切りに行くというズレた行為ができるようになり、本当に幸せだと思える。

実家滞在中に、高校時代住んでいた自分の部屋の窓からふと星を眺めてみた。

斜め向いに自宅兼美容室があるんだけど、スタイリストデビューした翌月にじーちゃんばーちゃんの髪をちゃんと店で切りたくて「貸してください」ってお願いしに行って切ったのを思い出した。

今はもうほとんど寝たきりだから連れて行くことは無理だけど、これはこれで良いのかもしれない。

「正月前に髪をキレイにしたい」

その気持ちは髪が真っ白になろうと変わらない。

ヘアカットは僕からのクリスマスプレゼント。

最初に書いたけど、お金は使ったほうが幸せになれる。

プレゼントはもらった方も嬉しいだろうけど、あげる人も幸せなはず。

喜んでる子供、恋人、家族を見ればきっとそういう気分になる。

ばーちゃんはあまり話も出来なくなったけど「ありがとうな」と一言いってくれた。

そして小言のように

「仕事はあるのか」「飯は食ってるのか」「酒は飲みすぎてないか」

などと29歳になっても心配ばかりされてる。

結局お小遣いで1万円もらってしまった。

「ありがとう」

働くというのはそういうことのためで良いのではないかと思う。

お金だけを考えたら仕事休んでタダで髪を切りに帰るなんて損したように思うかもしれないけど、結局僕は得をしてる。

ついでにお互いに「ありがとう」を言って貰える。

それで良い。

そうやって経済がまわっていけばきっとみんなもっと幸せになるのだと思う。

メリークリスマス。

お金のために働かない