人生という物語の脚本家は誰なのか。ストーリーの裏側にあるもの。




久しぶりに音楽を聞いて泣けた。

大好きなスペシャルアザーズのSTEDYという曲。

3分15秒〜曲が始まるんでぜひ見てください。

チェコの広場で演奏している映像と静かな田舎街のお祭りをイメージしたかのような曲。

僕はスペアザがほんとに好きで、世界各地旅してる間ずっと聞いてた。

美容師の先輩が結婚式でこのスペアザのLaurentechという曲をかけて奥さんの髪切ってて、それで知った。

ぜひ↑聞きながら読んでみてください。

それでハマってしまい、いつしか旅のテーマソングになってた。

あちこちの広場や道でカットしながらこの曲をよくかけてたっけな。

だから僕の世界一周して1000人をカットするという旅のストーリーの裏側にはスペシャルアザーズがある。

それは僕にしかわからないことだ。

人生という物語の脚本家は誰か

自分の人生を会社のせいや家のせいや育ちのせいにできたらどんなに楽かと思う。

人や環境に決められる人生。

そう思い込んでる人生。

いろいろあると思う。

けど自分の力じゃ道を切り開けないとか、自分には無理だとか、そういう諦めの人生は僕は嫌だ。

僕は僕の人生という物語の脚本家である。

いろんな登場人物がいるけど、それも全て脚本家である僕が登場させるかどうかなのだ。

ケンカばっかしてアツアツのたこ焼きをぶん投げてやりたくなる嫁も、僕がカナダに行ったから今こうしてケンカばかりしているのだ。

彼女を登場させたのは僕自身だ。

きっかけは世界一周という物語の裏側の出来事だった。

それはやはり僕にしかわからないことだが、その時の選択が”今”になっている。

現在進行形の物語は全て繋がっている。

序章から始まり、今が中盤なのか終盤なのかはわからないが、とにかくすべてが繋がっている。

今の僕が明日を作り、明日の僕が未来を作る。

僕の原点は旅である。

社会のせいにして、会社のせいにして、いろんなものを恨んで勝手に病んでた8年前。

その前含めた半年間くらい、僕は人生の物語を作ることを放棄していた。

境遇を恨み、会社を恨み、人を恨み、自分を恨み。

そうしたかったわけじゃないけど、結果的にそうなっていた。

僕は旅をすることでマトモになった。

自分の人生という物語を作ろうと思うようになった。

僕は誰かのために生きているわけじゃないと思うようになったし、今も思ってる。

お客様のためでも、友達のためでも、家族のためでもない。

僕は僕の人生を今も生きてる。

なぜなら主人公は僕しかあり得ないから。

すべての物事、すべての人は登場人物でしかない。

その人と結婚するも、離れるも脚本家が決めること。

どこの会社につとめようと、なんの仕事をしようと脚本家の自由なのだ。

物語の裏側にはあるストーリー

チェコの広場で演奏しているスペアザの皆様が過去の自分とかぶった。

あの演奏の裏側には様々なストーリーがあったはずだ。

嫌なこともムカつくこともトラブルもきっとあったはず。

しかし人はそれに気付いてはくれないし、表面的なことしかみてくれない。

だけどそういう裏側があるから感動が生まれるのだと思う。

すべての物語はそういう苦難の上に成り立つものだと思う。

悪いことも、あってもいい。

それを乗り越えようとするか、逃げるか、ただそれだけの違いで物語の面白さが変わる。

いつだって目の前には真っ白な未来しかない。

そこに物語をどう描いていくか。

自分が描くのか、どうか。

僕はずっと旅を続ける。

それが僕自身の人生の物語の大すじ。

ズレてはいけないもの。

だからまた世界一周とかすると思う。

今度は美容師だけじゃなくて音楽と料理もやりたい。

あんなストリートで演奏したらめちゃくちゃ楽しいんだろうな…。

今も旅するように生活してるが、早ければ秋ころには日本としばらくおさらばするだろう。

講演会とかもやる機会はめちゃくちゃ減ると思う。

これからの人生、より流動的になるだろうからもうあまり日本の皆さんとは会うことさえなくなるかもしれない。

わからないけど。

とにかく僕は旅がしたい。

その裏側にはいろんな葛藤がある。

今もそれに悩まされることもあるけど、だけどそれでも自分に正直に僕は生きる。

それが自分の物語だから。

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