美容師は理不尽さに耐えることも仕事だと思ってた一年目の春。




あれは2009年の春だった。

僕は東京高田馬場にある日本美容専門学校を卒業し、青山にある美容室に就職した。

その美容室は当時話題になっていた『余命1ヶ月の花嫁』という映画の撮影場所でもあったセントグレース教会の横にあり、近くには雑誌に載っている有名な美容室もいくつかある。

田舎者の僕にとっては本当にドキドキする場所だった。

僕には高校生の時から夢があった。

『東京の一等地で美容師になる』

それが見事叶った瞬間でもあった。

しかし、働きはじめてすぐに社会の厳しさ、そして理不尽さを知った。

美容師一年目は大変だったが楽しかった

よく美容室は体育会系だとかいうけど、僕が勤めた美容室は恐らくめちゃくちゃに厳しかったわけではないと思う。

それなりに遅くまで残って練習をしたり、ある程度ルールはあったがみんな基本的には優しかった。

よく飲みに連れて行ってくれた1つ上の先輩もとてもユニークな人で、忙しい時でも笑わせてくれた。

とにかく人に恵まれていた職場だったと思う。

ただ、やはり怒られたりしたことは普通にあった。

技術的なことや接客的なことだったり様々だったが、その中でも稀に”心当たりがないこと”で怒られる事もあった。

例えば同期がやらかした事とか。

そういう時に『俺じゃないですなんて言ったらいろいろアレかな…とりあえず謝っとくか』みたいな風に思って【耐える】という事もしていた。

今思うとその場しのぎでしかないし、やらかした他のスタッフの為にはならなかったし、良くなかったなと思うが、その時はとにかく【怒られると面倒くさい】みたいに思っていた部分はあった。

そういう事は少しはあったとはいえ、総じていうと楽しかった。

それなりに大変だったがずっと夢だった美容師という仕事ができ、練習で夜帰るのが遅くても、お金がなくても充実感はあった。

先輩もみんな好きだった。

ただ1つだけ…

1つだけどうしても納得できないことがあった。

ギャル男の店長から言葉遣いを注意されて

昔の写真を見返すと、僕は髪の毛がピンクだったりしたらしい。

確か一時的なものだったと思うが、基本的には金髪みたいな感じで髪は明るかった。

お客様からは『渋谷好きなの?』『チャラ男だよね?』と心にもない事をよく言われていたのだが、僕はトガッた靴もはかなければ渋谷より上野が好きみたいなタイプだったのだ。

『みんななぜ勘違いをするのか…』

と一瞬悩んだような気がするのだが、今思えばそれもそのはず。

まず金髪というだけでギャル男感は増してしまう。

それに加えて僕は言葉遣いがチャラかったのだ。

先輩にはやはりそこを指摘された。

『〜ッス』とかじゃなくて『です』だろとか。

『〜的な』とか言うなとか。

確かにお客様との会話の中で『あ〜、あのソバ屋的なやつッスよね〜』とか言っていた。

ソバ屋の話をしているのにだ。

『あ〜あのソバ屋ですね』と言うべきだろ、と指摘をされたわけだ。

確かに『的な〜』とか意味がわからない。

意味がわからないが当時は口癖のようになかなか治らずに使ってしまっていた。

そんなある日、店長にわりとガチ目に怒られた。

『お前それマジ直せよ。接客業なんだから正しい敬語使えよ』

やはり他の先輩達の言葉より重みがあるというか、店長は怒ると怖かったのでわりとガチ目に謝罪をし、『気をつけよう』と心に誓った。

もう『的な』とか絶対言うまいと。

すこしショボーンとしながら受付で作業をしていたのだが、僕はその時とんでもない事を聞いてしまったのだ。

お客様『ここをこういう感じでカットしてほしくて…』

店長『おっ、いいッスね。かしこまりでぇ〜っす♪』

えええ?か、かしこまりでぇ〜っす??

店長、ついさっき僕に『正しい敬語使えよ』ってキレてませんでした?え、それはどーなんすか?

…などと言えるわけもないのだが、とりあえず『マジかテンチョー』とショックを受けた記憶がある。

実はその店長はかなりギャル男だったのだ。

頻繁にクラブに行くことを『クラビング活動』と言っていたり、ニオイのことを『オイニー』と言っていたり。

『超やべえから』『マジやべえ』とかもよく言っていた。

もちろんお客さんには柔らかい雰囲気で接していたけど、実際はちょいちょい出ちゃってた。

あと普通に毎日靴も尖ってたし。語尾も上がってたし。

『かしこまりです』じゃなくて『かしこまりでぇ〜っす♪』だし。

もう本当にめちゃくちゃギャル男だったのだ。

これを理不尽と言わず何を理不尽と言うのか。

社会の厳しさを知った一年目だった。

だが、僕はそんなギャル男の店長も本当に尊敬していた。

店長という立場になってもせっせと練習していたりする姿勢は本当に今思ってもスゴイなと。

結局、僕は1年半程働いて青山のサロンから転勤になってしまった。

その転勤がきっかけで後に辞めることになったのだが、それを決意したときも今まで育ててもらったのに申し訳なくて、まず店長に伝えた。

『お前の人生だから好きなように生きろ』

そう言ってもらえた事でだいぶ心が救われた。

さらに僕の転勤の話が会議で出たときに店長は最後まで僕を転勤させないでくれと社長に直訴してくれていたそう。

それは随分あとに知ったのだが、聞いたときはちょっと泣けた。

今はアシスタントやりたくないっていう学生も多いと言うけども、僕は青山でアシスタントとして働いたことは本当に良かったと思っている。

いろんな理不尽な事もあったし大変な事もあった。

だけど本当に多くのことを学べたと思う。

接客業だとしても、別にギャル男風でいいのだ。

言葉遣いなんかそれはそれで。

『かしこまりでぇ〜っす♪』でいいのだ。

たぶん。

しばらくお会いしていないが、今はどのような言葉遣いをされておられるのだろうか、店長。

『かしこまりでぇ〜っす♪』で未だに多くのお客様を笑顔にしていることを願う。

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