【サヨナラ愛する猫先生】

2019年の7月に初代看板猫の卑弥呼様を拾ってからと考えるとおよそ3年半もの間僕は猫と一緒に暮らしてきた。

実家に一度卑弥呼様を預けたところ親が「連れてかないで😭」とか言いはじめてそのまま実家で暮らすことに。

猫は嫌いと言っていたくせに、と思っていたがその頃の僕はホームレスだったりあちこち飛び回っていたため猫にとってもそのほうが良いかと実家にいてもらうことにした。

その後10月に高菜先生が宮崎からやってきた。

高菜先生とは誰よりも一緒に時間を過ごした。

怪我をして手術をして長旅をして山梨に来て、最初はとても弱々しい印象だった。

半分に切ったフランスパンくらい小さかったのにみるみる大きくなっていく姿を見て嬉しくもなった。

成長し、元気に過ごしている。

ただそれだけのことが嬉しくて嬉しくて、親心が少しだけわかったような気がした。

今はただのデブだけど、死の宣告をされてたことを考えるともうそのまま好きなだけ太ってくれとも思いつつ、健康のために最近はダイエットをさせている。

単なる食事制限。

3時のおやつを抜いている。

そんな高菜先生ともあと2週間前足らずでお別れとなる。

見た目があまりに野良猫っぽいから、今後は野良高菜先生としてロックに生きていってもらうというわけではなく、実家で暮らしてもらうことにした。

僕がいろいろと心境の変化もあり、人生の節目だと思って仕事を長期で休んで旅に出ることにしたからだ。

仕事ばかりやってきて、周りを見てるつもりでも自分を見れてなかった。

去年末にすごい死にたくなるほど嫌なことがあって落ち込んで、今でも正直毎日思い出して吐きそうになっているけど、おかげで一人の時間がものすごく増えたことによって始めたことや終えたことが出てきた。

転機だと感じている。

仕事に関しては従業員など関係者には迷惑をかけたと思っていたが、意外と僕なんかいなくてもなるようになるというかうまくやってくれている。

自分がいてもいなくても世界は回るということを改めて痛感した。

それよりも自分の世界を作っていくことに注力したいと思う中で、どうしても今この場所にいてはいけないと思ってしまった。

山梨に住んで、家があって、一緒に住んでる従業員がいてくれるから成立していた高菜先生との暮らし。

2月末で家を引き払うため大量の物を捨てまくっている。

一つ一つを捨てながら終わりと始まりが近づいているような気分にはなってくる。

もし猫が一緒に旅できるなら喜んで連れていきたいが、なかなかそれも難しいということで3月からは実家に住んでもらうことにした。

お姉さんということになる卑弥呼様は極度のビビリで人が来ると押し入れの奥とかに引っ込んでしまうけど、高菜先生とはなんとかうまくやってほしい。

まあたぶん大丈夫でしょう。

高菜先生は家では僕につきっきりというかどこ行くにもついてくるし、コタツにいれば足の上、布団に入れば腕の中という生活をしている。

うぬぼれたことを言うならば「僕がいなくて寂しくないかな」ということだけは気になる。

だけど猫は本当はそんなことはどうでもいいのだろう。

猫は最初から猫であって、自分がすべてだ。

人間が苦労してやろうとする【自分を生きる】なんてことを苦労せず体現している。

そこに僕がいればいたのだろうし、いなければいないというだけなのだろう。

だからあまり心配はしていないけど、何が一番心配かというと実は僕がとてつもなく寂しくなってしまうということだ。

それでも寂しさも抱えて一緒に旅に出ようと思っている。

離れてみて寂しさ以外に何を感じるか、それに少しだけ興味もあるのかもしれない。

その時が刻一刻と近づくことが、全く実感としてわかない。

こうやって書いてみることで少しだけ3月からタイやベトナムに行くことと高菜先生との別れを感じようとしているのかもしれない。

まだ少しだけ時間がある。

それまではなるべく一緒に過ごそうと思う。

いつもいてくれる存在との時間。

そんな時間はすぎるのがとても早い。

「いつか迎えに来るよ、待っててね」

そんなことを言う日があっという間にやってくるのだろうな。

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