世界一周から帰国し、仕事も無くホームレスだった1年前の僕の夢と今の夢。

今からちょうど1年前・・・

2015年12月16日、日本時間午前8時僕は成田空港に降り立った。

1年8ヶ月に及ぶ世界一周の旅から帰ってきたところだった。

まず最初に空港に入っているセブンイレブンでツナマヨおにぎりと、からあげ棒を買ってバックパックを背負ったまま椅子に腰掛けて食べた。

日本からしばらく離れていたからなのか、すごく美味しく感じた。

同時に嬉しいような悲しいような、ワクワクするような寂しいような、なんかそんな感情になった気がする。

帰国の1日前、タイで”最後のヘアカット”をした。

タイでヘアカット

タイでカットしたチャンさん。1301人目

日本の地を踏んでしまうと、それさえも昔のことのように思えて仕方がなかった。

『あぁなんかもう別の世界にやってきてしまったんだなぁ・・・』

なんとなくしみじみそんなことを思ったのを覚えてる。

これからはこの世界で生きていかなければならい。

頑張ろう。

気持ちは前向きなのに僕には職なし、家なし、ついでに貯金も無かった。

あるのはボロボロになったバックパックとハサミ、それからボコボコになったギターくらいのもの。

人によっては大ピンチと言えるのかもしれなかった。

だってHPほぼゼロの状態でこの物価の高い日本に降り立ったわけだから。

よく世界一周の旅から帰ってきた旅人は『家につくまでが旅だ』とでも言わんばかりに空港から実家に向かう。

そこで旅の疲れを癒やすためなのか、再起を図るためなのか、ただ家族と会いたいからなのかはわからない。

僕にも地元に帰るくらいのお金は残っていた。

でも帰らなかった。

その理由は東京で今すぐにでもやりたい事があったから、休んでいる時間がもったいないと感じたからだった。

貯金ゼロ無職ホームレスだった僕を突き動かしてたのはただ一つの思いだけ。

『自分のお店を・・・居場所を作る』

ただそれだけだった。

だから僕は旅を終えた。

1300人をカットした世界一周の旅最後の日

1300人をカットした世界一周の旅最後の日

今朝僕は目覚ましに起こされた。

でもまだ眠かったので暖かい布団で二度寝をしてしまった。

10時頃にやっと起きて朝食と昼食をまとめて作ろうと思い冷蔵庫をあけるとうどんの玉があったので、適当に具材を入れてうどんを煮てみた。

暖かいシャワーを浴びて、服を引っ張り出して、昼にお店へと向かう。

やる気がないわけではないけど、Up to Youはお昼オープンなんだ。

ダラダラと高円寺の街を歩き、店に向かうまでの道もなんだかもう見慣れたものになっている。

店につき、鍵を開けて中に入ればそこには1年前に僕が望んだ美容室があった。

ビールが飲めて、英語が話せて、漫画も置いてある自由な美容室。

今僕には職があって家がある。

1年前になかったものが今はある。

当たり前に布団で寝て、寒かったら暖房をつけて。

買ったものを椅子に腰掛けて食べるのではなく、自分の家で作った暖かいものを食べる。

水圧が弱いぬるいシャワーじゃなくて、暖かいシャワーを浴びる。

引き出しを開ければなん種類もの服が出て来て、好きなものを着れる。

それは日本に住んでいれば当たり前に手に入るものであり、なくてはならないものだ。

衣食住・・・そして職。

それがあることは安心と安全を意味し、生活に人間らしさを感じさせてくれるものなのかもしれない。

だけど1年間そういう生活をしてみて、1つ思うことがある。

『やっぱなんか違う』

僕にはたぶんそういう安心とか安全とかは合わないのかもしれない。

それらを手に入れるために自由を捨てるのであれば、そんなものはいらない。

それよりもやりたい事をやる人生のほうが魅力的に思える。

今、1年前に想像できなかった自分がいて、想像できなかったようなことをしたいと思ってる。

でもその『したい』と言う気持ちだけは1年前と同じで、金がなくても家がなくても職がなくても気持ちを信じて行動して実際に美容室ができたように、今の思いもきっといずれ自身の手で叶えるのだろう。

僕は夢を叶えるためには口に出す事と、行動する事が大切だと思ってる。

だいたい人が思い描く夢なんて誰もやったことがない馬鹿馬鹿しいことか、自分の能力を遥かに超える凄いことかのどっちかだと思う。

だからこそ、少しくらい無理したり、少しくらい怒られたりしたり、少しくらい嫌われたり、少しくらいお金をなくしたり、少しくらい犠牲をはらっても仕方がないと思っている。

経費みたいなもんだ。

だけどその先にはきっと今までに見たことがない景色が広がっていて、今までに会ったことがないような人と共に生きる生活が広がっていて、今まで知らなかった多くのことが知れて・・・。

僕は経費を払っても、それが見たい。

今までもそうだった。

好奇心を信じて生きてきて、必ずその先には素敵な景色、人、物、経験があった。

実は長い海外生活で気がついたのだけれど、場所を選ばずにとりあえず日本以外の国に住むだけなら意外と簡単にできる。

ただ、今あるものを捨てればいいだけ。

衣食住・・・そして職だ。

でも人はなかなかそれができない。

自由や理想を手に入れる代償としてそれらを捨てるのはあまりにリスクが大きいのをわかってるからだ。

僕はかつて全部捨てて世界一周の旅に出た。

家具を捨て、家も引き払い、仕事をやめ、働いてる美容室に来てくれてたお客様に謝り、世界一周の旅に出た。

いろんなものから解放されて、それはそれは気分が良かったし、自由を手に入れたような気がしてた。

でも常に隣にあるのは危険と不安。

限りある資源であるお金はどんどん減り、崩れたら終わりな自分の健康に常に気を使う。

自由を手に入れる代償はやっぱり大きかった。

日本に帰ってきて、今度はそれらを手に入れた。

衣食住と、新しい職。

それらを手に入れる代償は自由を失うことだった。

かつての自分のように気の向くまま風に吹かれて旅をするなんて事はとてもじゃないができない。

人間は結局無い物ねだりをする動物なのだと気がついた。

その無い物ねだりが好奇心で、個人差というものはそれを手に入れるために行動するのかどうかの差しかないのかもしれない。

僕はやっぱり旅がしたいし、慣れ親しんだ日本よりも刺激的な海外生活がしたい。

だけど今手に入れたもの・・・特に職は捨てたくない。

自己満で始めた美容室Up to Youで出会ったお客さん、友達。

遠くから通ってくれる常連さん。

その人たちにかつてのように『海外いくので、さようなら』なんて無責任なこともしたくない。

『海外生活も今の生活もどっちもとれない・・・』

そう、どっちも選べない。

だから“どっちも選ぶという夢”ができた。

1年前にはまったく想像してなかった夢がそれ。

2年以内に僕は日本を離れて東南アジアに住む。

そして毎月10日間ほど日本に出張しようと思ってる。

それはもちろん美容師として。

今髪をやりに来てくれてる方、これから来てくれるであろう方に『ごめんなさい』をしたくないし、せっかく出来た繋がりをかつてのように無駄にしたくないからだ。

そして日本では今やってる講演会の仕事も続けていくつもり。

その2つを自分の職として、日本に自分の居場所を作り続けて行こうと思う。

海外生活費と毎月の渡航費はインターネットの仕事でやりくりできそうだから海外での居場所も問題ない。

衣食住は海外、職は日本・・・という美容師としてはまあまあ前代未聞な生き方なんだけど、僕は大真面目にその夢を叶えようと思ってる。

それを可能にできるかどうかは自分次第だし、自分ならやれると思ってるから不安よりもその先にある景色を早く見たくて、誰かに早く会いたくて、何かを早く知りたくてワクワクしてる。

1年前の朝成田空港で感じだ複雑な心境とはまた違い、前向きでしかない。

非常に馬鹿馬鹿しい夢だし、理解されなくて当然だと思ってる。

でもあえてこうして文字にすることでやっぱり自分の決意は固くなっていくし、理解者や協力者も増えていくだろう。

その分離れていく人も増えていくだろう。

だけどそれでも自分の好奇心に人生を賭けたい。

全てはこの1年で行動を起こしてきたからこそ、全てはこの1年で出会った人がいるからこそ、全てはこの1年で蓄えた知識と経験があるからこそ・・・。

本の出版も、Up to Youオープンも、講演会の仕事も、サロカリも、出張美容室も、居酒屋UptoYouも、ブログも、そして結婚も。

全てに意味があるし、これからの夢を叶える鍵になる。

もっと人生楽しみたい。

もっと楽しもう。

貯金なし無職ホームレスになったって、人生なんとかなることを知った。

今はそんな僕を認めてくれる友達が周りにたくさんいるから、なんとかやってけてる。

そしてキャンベルも。

キャンベルは一応嫁らしいけど、僕にとっては1番の親友のようで、飲み友達のようで、喧嘩相手で、相談相手で・・・

そんな彼女は僕よりも海外移住を望んでる。

だから僕には『嫁のために海外移住する』という大義名分のようなものがあるから気が楽だったりする。

だから日本人が大好きなおせっかいな呪文は僕には効かない。

『結婚してるのにフラフラして・・・』『仕事もせずフラフラして』『遊んでばかりで』という呪文のことだ。

フラフラ上等じゃないか。

想いを形にする生き方をしていいじゃないか。

もっともっと人生楽しもう。

もっともっと楽しみたい。

今日はそんなことを思った1日だった。

最後に・・・

こんな僕が高校生の進路相談の本に美容師代表として載った。

高校生の進路選択の本

高校生の進路選択の本

美容師という職業代表として本に

美容師という職業代表として本に

母校である日本美容専門学校の推薦だ。

教育の現場が認めたことになるのだろうか。

僕みたいなフラフラしてる奴になってもいいよっていう学校からのメッセージなのだろうか。

それはわからないけど、美容師を目指してる、または美容師をしてる僕より若いすべての人に最後に一言伝えたい。

美容師だってもっと自由に働ける。

もっと好きに生きれる。

どんな事でもやりたかったら口に出せばいい。

自分に負けず、やればいい。

全部本気で。

僕はそうしてきたし、これからもそうする。

10こやりたい事があるのであれば全部やればいい。

・・・僕は1年後どこで何をしてるのだろう。

何を思うのだろう。

全然想像できない。

でも想像できる人生なんかつまらないから僕にはこれくらいがちょうどいいのかも知れない。

やりたい事をやってれば、その未来が自然とできてくる。

新たなやりたい事も見つかる。

馬鹿げた夢を、叶えよう。

帰国1年後の2016年12月16日にUp to Youから更新。

1年前の2015年12月16日に書いた記事→「人生はあなた次第」 世界一周ヘアカットの旅を終えて思うこと。

明日から旅日記もちゃんと書こ。

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