クソ貧乏だった僕は100万円を手にした次の日に全部使った




僕は貧乏だった。

子供のときは家に二階がないのが恥ずかしかったし、お菓子もジュースもないのも恥ずかしかったし、何よりゲームも買ってもらえなかった。

外食した記憶もほとんどなく、静岡かどこかのおそらくチェーン店のステーキ屋に行って死ぬほど嬉しかったことだけが脳裏に未だに焼き付いてる。

思えば僕はずっと貧乏だった。

専門学校にいって四畳半のアパートに住みながらテレビに映る寿司がどうしても食べたくて、キャベツに醤油とわさびつけて食ったり、食パンの耳にマヨネーズかけて食ったりして過ごした。

でも実はお金は持ってた。

たしか60万円くらいだったかな。

高校生のとき蕎麦屋でアルバイトして貯めたお金。

ホントは学費にしようと思ってたけど親にいらないと言われて宙ぶらりんになってた。

なぜかそいつを使ってカツカツの生活を豪華にしようと思わなった。

結局そいつ全部つっこんで初海外に行った。

19歳の冬かな。

と言っても美容学校の任意参加の修学旅行みたいなやつだけど。

卒業して就職してもやっぱりお金なくて。

初任給13万とかだったから3食入り焼きそばともやしをチンして毎日食べたり、パンの耳食べたりしてた。

なんかずっとそんなような生活をしてた。

別にそれは辛くはなかった。

その後世界一周しようと思って23くらいからお金を貯めはじめたんだけど、結局25歳の終わりに会社をやめる頃には100万とちょっとたまった。

2年ちょっと頑張ってもそんなものか…とちょっと悲しくなってたけどまあそれはやり方の問題だったのだろう。

とりあえずそれだけの時間がかかって100万円を手に入れた。

だが出発する直前に保険入ってないことに気が付き、それ払ったら89万くらいになっちゃって。

まあこれでなんとかするかないか…と世界に出た。

みんなユニクロのウルトラなんとかダウンとかヒートテックとか高級バックパックとか買うんだけど、そんなんもったいないわと思って、すでに肩のところがちぎれかけてる30年もののバックパックを縫って持ってった。

服も靴も家にあるもので。

ほんと『ちょっち高尾山行ってくるわ』くらいな装備だったと思う。

1年8ヶ月かけて80万円は消滅した。

帰国時には手元に10万くらいしかなかくて、リボ払いの借金は30万くらいあったと思うんだけど、約100万のお金を投資して【世界一周して1301人の髪を切る】という経験を買うことができたのだ。

そして、なんかそれが本になった。

まさか自分が本を出版することになるなんてこれっぽっちくらいしか思ってなかったんだけど、実際に本が出た。

あんまりよくわかってなかったけど、本を出版すると印税とかいうものが入ってくるらしかった。

それが奇しくも旅の資金と同じ80万くらいだった。

なんの因果かと。

その時僕やっぱりクソ貧乏で、冬なのに路上でカップラーメン食ったりとかたぶん人から見たら不幸に見えるレベルだったかも。

でもその印税が急に入る事になって。

『ホッこれで生活にゆとりが…』なんて1ミリも思わなかった。

その時もやりたい夢があったからそれに使おうと思ってて。

そんな事もあってひたすらガムシャラ働いててそしたらその夢だった美容室を出店するチャンスがリアルに舞い込んできて、どうやら工事とか抜きで不動産契約だけで80万ほどかかるらしいと知った。

これまた不思議だな…と思いましたよねそりゃ。

とりあえず印税が入るらしいというだけでそんなお金その時はなかったんだけど『4/1に契約します』って言っちゃったんだよね。

本出版された直後の2月に。

そんで出版社に『印税いつくれるんですか?』と聞いてみたら『3/31』だと。

あぶねぇ…と思った。

結局印税はもらった翌日に全部使った。

その時に合った貯金もあわせて内装とかに使ったから100万くらいポイッとなくなって【出店する】という経験を僕は買った。

厳密に言うと工事とかでもう少しかかってるんだけど、、、まあそこは割愛。

それからもずっとそんなような事やってる。

起業した時も、2店舗同時に出店したときも。

だけどふと気づいたことがあって。

ためたわけじゃなくて、たまった分をポイッと使うというこの行為のスパンが短くなってることを。

旅の資金として100万円を3年弱かけてためた。

2年弱旅したことにより本が出てまた100万円を手にした。

それを全部使って美容室だしたら1年ちょっとで同じようなことになったので海外に行きまくって株式会社を作った。

そしたら次はその半年後に2店舗だして今3店舗目をだすとこ。

根本的には同じことをやってる。

でも確実にスパンが短くなってる。

これは驚くべき発見だった。

僕の生活はあまり変わってない。

今日だってケチって140円で1.5リットルの爽健美茶をわざわざスーパーに買いに行った。

近所のセブンで140円で500mlの爽健美茶を買ったほうが早いし楽。

でも”そこまでチャリで行って持って帰ってくること”がぜんっぜん苦ではないから、そうした。

『わざわざ行ったけど結果として同じ値段で爽健美茶3本分を手に入れたから得』

と人は考えるかもしれないが、僕は『朝の散歩ついでに爽健美茶を買ったら使うはずだった280円(いずれ買う2本目、3本目)が浮いた。』と考える。

多く物を得た喜びではなく、使うはずだったのに使わなくても良くなったお金に対して『ラッキー』と思う。

その280円をどう使うかって事なのかなぁなんてふと今朝思って。

140円の爽健美茶1.5リットルを買って、それを3等分して人に配る人なんかいないだろうと思う。

入れ物ないし。

でも使うはずだったのに使わなかったお金だったら人に使ってもまあいいやとか思うわけで。

それが人でなくても。

夢でも、経験でも。

その280円を使っておにぎりとコロッケとプッチンプリン買ったらそういう事には使えなくなるわけで。

僕にとっては100万円というものはただの紙でしかないと改めて思った。

ただの紙だけどそれはプッチンプリンにも変化するし夢にも変化する。

どっちが幸せかなぁなんて思う。

蕎麦屋で働いてためたお金を四畳半のボロアパートのグレードアップに使わなくてよかったと僕は思う。

いっときの幸せは儚く消えることがある。

お金がなくなったら四畳半のボロアパートどころか路上生活になるかもしれない。

でも経験は消えない。

自分の為、人の為に使ったという事実は消えない。

本当に困ったときは経験や人が助けてくれる。

そう思うんだよね。

それが安心かなって。

紙はいくらあっても紙だから、貯めといても安心はやっぱ買えない。

贅沢や貯金がいい事だとあんまり思わないのは僕が貧乏だったからなのだろうか。

わからないけど。

僕は今家がなくてホームレスやってるけど、別に全然困ることなくて。

嫁も別にそれでいいらしいし。

世界一周してたときも含めたら累計2年半くらいホームレスやってる。

貧乏人みたいな生活はかれこれ30年やってる。

それでも100万円を手にする時間のスパンは上がってる。

意味わからん。

貧乏人の僕にとっては100万円なんかいらない。

だから次もまた夢と人に使おうと思ってて。

そのほうが楽しいからね。

元々雑でテキトーな性格だったけど最近拍車がかかったように思う。

美容師なりたての頃はあんなに毎日ゲッソリするほど気にしてた”自分の売上”ってものが今はわからない。

毎月いくら収入があるのかもわからない。

むしろ今口座にいくら入ってるのかさえわからない。

僕のそういうとこの管理人のキャンベルがそれでピザとか食ってるんだろうけど。

年収何百万でどうのこうの言う人も世の中にはいるけど、僕は全然興味がない。

年収100万でも余裕で生きてけるから自分の年収が1000万こえててもその事実そのものはどうでも良いとしか思えなくて。

でも興味なくても仕事はする。

夢や人のために。自分のために。

お金のためではなくて生活のために。

昔からそうだけど最近さらにお金に全然執着しなくなったら人生がさらに楽になった。

ほんとに。

貧乏でよかった。