「本当に好きなこと」「本当にやりたいこと」さえやれない人生なんて悲しいだけ。




本当にやりたい事は何があってもやるべき。

本当に好きなことさえも向き合えず逃げるような人生はつまらない。

結論から言うとそういう事です。

よく考えなくても、人生は一度きりなんて言うのはわかりきったこと。

「これがしたい」「こうなりたい」

それを実行に移さなければきっと後悔する。

みんな頭ではわかってるんだ。

わかってても、できない。

わかってても、動けない。

それはナゼだろう。

いろんな事を想像すると動けなくなる

やりたい事をやれず、不満があるようなことをダラダラと続けている自分。

そんな自分に嫌悪感があっても、変わらない、変われない。

そうなってしまう原因は”想像”であると僕は思う。

実行に移したら誰かが悲しむかもしれない。

実行に移したら誰かが怒るかもしれない。

実行に移したら誰かに笑われるかもしれない。

そういう未来を想像してしまうことはよくある。

そしてそれはきっと大体その通りになると思う。

例えば海外にいくって言えば親は悲しむかもしれないし、怒るかもしれない。

仕事をやめるって言えば先輩は怒り、同期は悲しむかもしれない。

夢を追いかけると言えば笑われるかもしれない。

そういうものだと思う。

さらに自分自身の事も想像するだろう。

お金がなくなるかも…

病気になるかも…

こういった事も。

自分のことに関しては、大体想像通りにはならない。

面白いことに他人の未来は大体想像通りになり、自分の未来は想像を良い意味で裏切るのだ。

とにかく、人はそういう想像をしてしまうがため、本当にやりたいことにさえも向き合わずに生きてしまう事がある。

客観的にみたら「もったいない」「やればいいに」と思うものだが、自分がいざその立場になるととたんに目の前が真っ暗になりネガティブになってしまうものだ。

だから人は悩む。人生はそんなに簡単ではない。

やりたい事をやるために必要なマインド

それは許容目標である。

まずは許す。

自分が行動を起こすことにより起こるであろうあらゆる批判をすべて許すこと。

激怒した恋人、失望させてしまった親、呆れている友人

その人たちの反応はある意味では正しい。

身近だからこそ心配にもなるだろうし、口もはさみたくなるのだろう。

しかし人々の価値観は違う。

親子でも夫婦でも、違うのだ。

解り合うことは決してできない。

僕たちは認め合うことしか本来はできないのだ。

感情的になりすぎると、認めることができなくなるときがある。

「海外に行きたい」

「転職したい」

「この道に進みたい」

あなたのその言葉で、相手に少なからず心配、ショック、恐怖、不安などという感情を持たせてしまう。

結果として「認められない」という状態になってしまう。

言い換えれば一時的に感情的になってるだけともいえる。

なのでこちらが冷静になり、そういう批判に対して許容することは大切なのだ。

その批判を真に受けて悩むのはやめたほうがいい。

「そうだよね…じゃやはり止めます」

なんてことをしても実は誰も得をしないからだ。

何が一番大切であるかというと、その後である。

その人たちのその後。

一度ネガティブな印象を与えてしまっても、結果的にひっくり返せばいい。

散々反対した人でも、こちらが結果を出せば認めざるを得ない。

そしていつの間にか応援してくれてたりもする。

そんなもんなのだ、実際のところ。

だから目標は必ずないといけない。

認めてもらえるほどの結果はなにか?を考えなくてはいけない。

それさえクリアになれば、人間どんなことでもできる。

やりたい事をやりたいのは当たり前。

好きなことを追い求めたいのは当たり前。

それを実行に移さないのはなんだかんだ言ってマインドなのである。

マインドを少し変えるだけで人生は変わる。

本気でやりたいこと、本気でなりたい自分、本気で手に入れたいものがあるのなら、死んでも逃げるな。

簡単に諦められるわけ無い。

障害とか批判とかそんなものは気にしない。

負けられない。本気だから。

やってやるよ。

…という自分に対する意気込みブログでした。