三重県鳥羽市の離島、答志島へ散歩しに行ってきました。




桑原淳です。 この記事は2013年1月の出来事です。

朝、夜行バスで津市に。
そこからは電車で南下して鳥羽市に行きました。
答志島とは、鳥羽港の北東約2.5kmに位置する鳥羽市最大の島。
答志(とうし)、答志和具(とうしわぐ)、桃取(ももとり)の3集落があり、6.98k平方メートルの面積と、2,578人の人々がすむ小さな島。
島の80%が自然林で、県の天然記念物もあるとか。
周囲には飛島、浮島、牛島、大中山島、大築海島、小築海島等の無人島もあります。

鳥羽駅近くのフェリー乗り場から船に!
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晴れてて海がきれー!
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運転席みたいなとこ
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市営定期船が佐田浜港から答志、和具行きと桃取行きの2区間に分かれてそれぞれ1日8~10便運航しています。
結構三重県本土との距離が近いので、架橋建設を実現させるため、「答志島架橋建設促進協議会」なるものが設立されたそうです。
上陸して、まずは有名な観光スポットの美多羅志神社にいって来ました!
なんか最近、竜にそっくりな木が発見され、地元の人たちは竜神さんと崇めまくってるそうです。
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確かに見える~~~(笑)
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他にも、九鬼嘉隆の首塚及び胴塚、タイ網観光、海水浴、答志スカイラインからの展望などが有名らしい。
九鬼嘉隆 Kuki Yoshitaka とは(Wikipediaより)
織田水軍の将として、歴史上に名をはせた九鬼嘉隆は、海の浮き城とよばれた鳥羽城を築き上げました。現在は、我が国唯一海に向かった大手門の海城跡として知られています。信長とともに戦った嘉隆の歴史上最大の功績は、信長の日本制覇を阻止しようと10年以上も対抗してきた毛利水軍(村上水軍)を日本で初めて鉄張の軍船をつくり撃退したことです。信長の死後も秀吉の命を受けて、朝鮮出兵での指揮を務めるなど、戦国時代の日本の歴史と深く関わってきました。しかし、関ヶ原の戦いで、九鬼家の父と子が西軍・東軍に分かれて戦うことになり、負けた西軍についていた父・嘉隆は、答志島で自刃して果てました。
となかなかすごい方。
この島の魅力は、ほっそーい路地裏散策。
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こんな道がいたるところに!
ここを散歩したいが為に東京からわざわざ来てしまいました(笑)
こんなツボもあったり
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港には船がたくさんあったり
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本当に天気が良くてすごく気持ち良かったです(^w^)
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そして伊勢へと向かったとさ。

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