【選択肢が多すぎると人は生きずらくなる】

人間は選択肢が少ない方がいい。

なぜなら選択できる回数は決まっているからだ。

朝ごはん何食べよう、服何着ようなんて選択から始まり、1日が終わるまで様々な選択の場面に立たされる。

それが多ければ多いほど、人間は思考の余力を奪われていく。

なるべく選ばない、選ばなくていい環境を作ることをすると人生そのものに余白が生まれる。

例えば毎朝同じものを食べるでもいいし、毎日同じ服を着るでもいい。

それが楽しいか楽しくないかは自分で決めたらいい。

周りがどう思うかは関係ない。

僕は旅をしていると絶対やることの1つに「リピート」がある。

だいたい観光地なんてレストランや食堂はどこも観光地価格だ。

美味しいが、どこか作られた人間離れしたものの気がしてしまう。

日本人だって毎日銀座で寿司は食べないだろう。

それが高くて美味しいものであっても、リアルではない。

リアルとは400円の町中華や、家で食べるカレーライスだ。

少し郊外にある、メニューもないようなローカルなお店を探して入ってみる。

安くて美味しい、現地の人が毎日食べている味と出会える。

これは当たりだなという店が見つかればそこへ毎日毎日通うようにしている。

観光客が立寄らない店に毎日やってくる観光客というそのある種異様な現象に、店のおばちゃんなりは驚きつつも心を開いてくれるようになるのだ。

「今日もありがとう」

言葉は理解できないが、そう言ってくれている気がする。

そのうちに少しだけご飯が大盛りになって出てくるようになる。

肉が一枚多くついてくる。

僕はその少しだけ盛られたお米と、盛ろうと思ってくれたおばあちゃんの気持ちを幸せと呼びたいのだ。

もしよりすぐって毎日違うレストランでご飯を食べていたらこういうことは起こらない。

Give&Takeの関係性からいかに抜け出すかが僕は現代においては幸せになる手っ取り早い方法だと考えている。

そのために、選ばない。

理屈で考えない。

旅先でお昼ごはんを選ばないようになると、そのぶん他の選択ができるようになる。

それが発見なのだ。

ビジネスにおいても同じことが言える。

仕事でうまく行かない人は、選択肢を減らしてみるといい。

それはつまり”これはやらない”とか”これはやる”とかってことを決めてしまうということ。

僕はなるべくなら、やらないことをたくさん決めておいたほうが良いと思っている。

なぜならこれはやると思ってアクションを起こせば、その先にまた選択肢が生まれたりして悩むこともあるからだ。

やらなければ何もない。

そうして生まれた余力、余白で何をするかこそが人生の自由な部分なのだろう。

そこでこそたくさんの選択をすべきだ。

右に行くでも左に行くでもいい。

その全てに大きな意味がある。

余白がゼロなら何もできない。

余白があれば何でもできる。

日々が停滞していると感じている人は、あれもこれもやめてみると人生がまた進んでいく感覚になれると思う。

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