【美しいとは何か?花鳥風月という言葉に】

日本に帰国してからしばらくさまよっていたけど、福岡県の糸島市に移住することにしました。

理由はこれまで日本中を旅した中でのインスピレーション、仕事のこと、日本の歴史のこと、猫のこと、物件との御縁、タイミングなどいろいろとあります。

どうしても糸島というよりは他に思い当たる場所がなく、消去法に近いかもしれません。

けどなによりもタイミングだと思います。

高菜大先生と一緒に何もない港の近くの古民家に住む予定で、テレビも洗濯機も置かないし布団と冷蔵庫とレンジとバイクがあればもう何もいらないかなっていうレベルの質素な暮らしをするつもりです。

納豆とかぬか漬けとか味噌は自分で作ります。

あと庭があるので畑もやるかなってのと、港で釣りして自給自足。

何をするかといえば【暮らす】【生きる】ということをするというだけです。

仕事はボチボチやるかもしれないですが、それよりもその暮らしを発信していきたい。

というのもこれからやりたいことがありまして、それを形容するのであれば【日本人】なのです。

職業が日本人。

肩書が日本人。

日本人が日本人としてやってきたことを学び、自ら体験して、次の世代へと繋げていく。

一人でも興味を持ってくれるようにそういったことを同世代や上の世代にも伝えていきたい。

学校で教えなくなった故に現代の日本人が忘れてしまった日本の歴史、文化、伝統、哲学。

堅苦しくて興味がないと思う人もきっと多いけど、もうバズるとか仕事になるならないとかどうでもよく、僕は僕として日本と世界を見て周った日本人としてそういったことをやっていくことにしました。

そういったことも踏まえた上での最近のテーマはもっぱら「花鳥風月」です。

英語翻訳するとBeauty of Natureとなり、花鳥風月とは美しい自然という意味の言葉なのですが、本当は美しいと思えるその心のことを言うのだろうと思っています。

子供の時から感じてた違和感を、20歳を過ぎて行動で確認するようなことをしてきました。

それが旅でした。

旅する中で出会う様々な人から授かった言葉を自分なりに噛み砕き、心を動かしながら生きるようになり早15年。

そしてその出会いと感動を文字で表現するということを始めて10年が経ちます。

10年間同じことをし続けてきた人間はその時の流れを主観的に、そして俯瞰して見ることができるようになります。

それは10年経って気がついたことで、10代20代ではわからなかったことでした。

芽が出た植物が育ち花が咲き、枯れて落ちるまでの時間をただ外から見た場合、一時一時は感じることができるとしても実際に成長していることや朽ちていくことを実感することはできません。

経験することでしか実際の時間の重たさは知ることができず、知り得たからこそ新しい感動がうまれる。

感動が生まれるから新しい概念を発見できる。

子供の頃からずっと感じていた違和感の正体は発見や感動を言葉にすることで、それが何かわかるようになりました。

ひとことで言うならば【インスタント】なのです。

お金を払えば簡単に経験をすっ飛ばして結果を得れるようになり、人間らしくない便利すぎる時間が今では当たり前のようになりました。

わざわざやらなくていいことをやるのはコスパが悪く、経済的ではありません。

より多く稼ごうとか儲けようとか考えると、作るより買ったほうが早いし、学ぶより頼んだほうが早い。

そうして売手と買手が結びつき、売手はよりクオリティが高くてキレイで安いものを売ろうとする。

気がついたらきれいな野菜がスーパーに並び、食べ物はいつまでも腐らず美しい色に着色され、本来持ちこたえられない距離と時間を超え、なんの疑問も持たずにそれを食べて人々は生きるようになった。

家、車、電子機器などあらゆるものが売るために作られ、それを買うために一生懸命働き、ものが増え、幸せを物に求め、時間がなくなり、ストレスがたまり、お金がないと心がギスギスし、他人を傷つけるような嘘をついたりSNSで叩いてみたり。

一体この世界がどこに行くのか誰もわからないまま、ブレーキを踏むことさえも考えられなくなり、スピードばかりが早まって誰もがついていくので精一杯。

5分の音楽を5秒で作るといったように、AIが時間の概念をくつがえしてしまった。

人間が5分の音楽を作るのに確実に5分以上かかるので、もうそのスピードを超えることは不可能になってしまった。

そんな今、もしもブレーキなんて踏もうものなら全てがひっくり返って大事故を起こすでしょう。

さらに最近ではお金さえ払わなくて良くなりました。

考えたことない人が多いと思います。

アプリを使うことも、ゲームをすることも、写真を撮ることも、加工することも。

翻訳することも、計算することも。

電話をすることも、メールをすることも。

無料です。

あらゆるモノが多少のお金さえあれば苦労することなく手に入ってしまうし、あらゆるツールが無料で使えてしまう世の中で、子供も大人もみんながそれを当たり前だと思っています。

これはまさに、花鳥風月の真逆を行く不自然な世の中になってしまっているということです。

そこに違和感をずっと感じてはいたものの、言語化してちゃんと異常なことだと認識できるようになったのはここ数年のことです。

世界はまだまだ不自然な方向へ進んでいってますがそのうち誰かがブレーキを思いっきり踏むでしょう。

そうなった時、僕は事故が起こるだろうと思っています。

この不自然な世界がひっくり返るとしたら、大災害。

そしてエネルギーの問題。
 
オール電化のタワマンに住んで全部電気も水も止まったら人は生きていけませんが、そういったことが日本でそう遠くない未来に起こると思います。

エネルギーが全部ゼロになるのではなく、それこそ使用に格差が生まれるのでしょう。

サバイバルな世の中になっていったときに本当に必要なものはお金ではなくお米です。

もうすぐ政府が貧困世帯にお米を配るようになると思います。

モノに目覚める時代はもう終焉を迎えていて、次は見えないものに価値が出る時代になっていきます。

つまりそうなったときに求められるものはお金ではないということです。

見えないものとは、つまり精神。

この精神の概念はいろいろとあると思いますが、日本人には日本人の精神しかありません。

いくらアメリカっぽいものを食べようが、アメリカの精神はわからないし、いくら中東やインドを旅しようが結局イスラムやヒンドゥーの精神はどこか最後の部分で理解ができません。

外国人がご飯を食べる前に「Enjoy your meal」とは言っても「いただきます」とは言わないし、その意味は理解はできないはずです。

鳥居に立ちションできない日本人の感覚も理解できないはずです。

鳥居はGateでしかないからです。

DNAレベルで刷り込まれている【日本人】というものを僕たちは持っていて、そういったものが次の世界を生きるための大切なものなのです。

それらを表すときに一番いいなと思う言葉が”花鳥風月”であり、それこそがリアルなのだと思っています。

ただそういったものがこれまで経済主体の生活の中では非効率的だとみなされて大切にされてこなかったし、教育でもそういう日本人の根底的なところにある本質は教えられてきませんでした。

僕はたまたま歴史が好きで、たまたま日本を旅して色んな人に出会い、たまたま世界を旅して日本の良さを外から知り、たまたま料理が好きで伝統料理や郷土料理を扱う仕事をし、たまたま地元が日本一の山がある田舎で生まれ、たまたまおじいちゃんおばあちゃんに昔の生活を聞きながら育ち、たまたまブログと出会い日本語を深く知り、たまたまこうしてSNSがある時代に生まれたのだと思っていました。

しかしあまりにもたまたまが重なりすぎていて、もはや日本の伝統文化を発信するのは必然的なのではないかと思っています。

そういうことを経済的ではないとか、無駄なことだとか、堅苦しいとか、いろいろと思う人が多いとは思います。

けどそれじゃダメじゃない?っていう。

他所の国で生まれた外国人が「意味わからんw」というのはいいのだけど。

自国の神話を忘れてしまった国は100年で滅ぶと言いますが、日本はあと20年です。

わりともう終盤。

だから僕は僕にできることをしたい。

そうしなければ、いつか親になるかもしれないしならないかもしれないけど、なったときにどんな顔してどんな話をしたらいいのかわからない。

なので会社として、社長としてどうこうしたいというより完全個人的な思想と哲学に基づいてやれることはやってみようと思っています。

日本の伝統とは全く関係ない美容師をやって、いかついデカいバイクに乗って、ピアスもあいてればタトゥーも入ってるような、履歴書もぐちゃぐちゃでわけのわからない男です。

しかし。

いろんなものを見て、いろんな人と出会って、何年も歴史を研究して文字を書き続けたからこそできることがあるはずだと信じてやれるだけやってみようと思っているのです。

それが35歳から先の夢。

ずっと迷走していたけど、定まったような気がします。

もちろん社長として仕事はするし、来年とかには海外へ進出することも考えています。

日本で畑耕しながらジジイの仙人みたいにずっとやってきたいわけではない。

女性にもモテたい。

結婚もしたい。

クロールができるようになりたい。

エジプトでピラミッドもみたい。

いろんなやりたいことはあるし、モノに豊かさを感じてそんなものはなんちゃらかんちゃら言いながら新しいスマホを楽天で先日ポチったわけです。

送料無料で15000円のスマホだとはいえ、それを買うために僕も働いているわけです。

けどそれは矛盾ではない。

経済主体の社会の中で自分の居場所を維持することは大切だし、そこで携わる人や他社との関係性を良好にするために気を使ったりすることもまた生きるということです。

それは人間として生きるということ。

ただそれを100%にしておくといつか急ブレーキ踏まれたときに一緒にぶっ飛んでしまう。

想い、精神、心、魂、気持ち、何と言ってもいいのだけど、そういったものは今よりもっと持たなくてはならないというだけ。

それが花鳥風月、つまり自然体ということ。

猫を見てると100%自然として生きているように見えるけど、カリカリマシーンやちゅ~るといった文明の恩恵もちゃんと受けて生きています。

自然100%で原始人みたいに生きることは僕にはできないけど、その比率は調整したい。

これまでも非人間的に生きてきた部分が大きいけど、その割合をもっと増やしてみようとつまりそういうことなのです。

あと10日で35歳。

その時までにはいろいろと整理整頓して、次の世界へ進んでいくつもりです。

ここで別れる人もいるでしょう。

もう手に取らないものもあるでしょう。

でも一緒に行く人も、その先でようやく出会える人もいるでしょう。

これはいうなれば中学の卒業のようなもの。

またその先には違う世界がまっている。

悲しいよりも、嬉しい。

サヨナラよりも、ありがとう。

仕事以外でこんなにワクワクしたのはいつぶりだろう?と昨日福岡をバイクで爆走しながら思いました。

今までは色んな人に仕事で会いすぎて、出会いもめんどくさく感じていたぶぶんもありました。

けど今日出会う人とのご縁を大切にしようと昨日は思えた。

その感覚を毎日もって生きていきたい。

シンプルなことですが、そういうのが「美しい」ってことなのだと思うのです。

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